かさばらない趣味

論理パラドクスに関する本を読んでいる。脳味噌がねじくれそうになってくるが、我慢。

一番簡単で、なるほどと思えるのは「ニワトリが先か卵が先か」という、誰でもが知っている設問の仕掛け。答えを出しようがない水掛け論的な会話を打ち切るために使われることが多い。つまり、「ニワトリが先か卵が先か」という一番流布している形の設問だと、文字通り答えが出なくて窮する仕掛けになってます。

「ニワトリが先だ」と言うと、「じゃあそのニワトリは何から産まれてきたのだ」となり、「卵が先だ」と言うと、「じゃあその卵を産んだのは誰(何)か」となる・・・。
が、これは言葉の言い様によって答えが出てくるものであるという。つまり、「ニワトリ」と「卵」の関係性に眼をつけると、

A ニワトリと、そのニワトリが産んだ卵とではどちらが先か

B ニワトリと、そのニワトリが出てきた卵とではどちらが先か


という設問にもなると考えられ、Aだと当然のことながらニワトリが先であり、Bだと当然、卵が先となる。
当たり前だと言えば当たり前でバカバカしく感じるが、一般的な「ニワトリが先か卵が先か」という設問の仕方にこだわり過ぎると、風穴が開きにくくなって思考が停止するような気がする。

ここはやはり、思考を広げてAとBのような考え方が出来るようになればガチゴチに固まった脳味噌も少しずつほぐれてくるのではないかしらあ。もっとも、こういう考え方をして実生活でも披露すれば、たぶんおそらくmaybe probablyめんどくせえ人ってんで嫌われます。笑

ハンドメイドの類いを趣味とするとモノ(他者にとってはゴミ)が増えてしゃ〜ないので、せめて頭の中にこんなふうにいろんなものを詰め込むのを趣味にしようと考えている。そうすると部屋は散らからず余計なモノは増えず、死んだあとも遺族は遺品の処理に困らなくてすむ。最近はそんなことまで考えるお年頃のねこママさんです。笑


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by nekotamamako323 | 2017-07-12 14:28 | うふっ | Comments(0)