叔母のこと

ねこママが満で四歳になるやならずやの頃に自宅を改築した。その棟上げ式の屋根の上から餅まきの儀式を行うにあたって村中の人がわさわさと集まってきた。春先の3月ではあるが、奥越後なのでまだ雪がたくさん残っている。

ねこママも母親に連れられて外に出たが、小さくていかにも足手まといだというので、まだ独身だった叔母がおぶい紐を使って手慣れたふうにおんぶしてくれた。それで叔母の背中から餅まきの様子をながめていたはずなのだが、そこのところは記憶にない。
ねこママの幼なじみのY子も母親におぶわれているのを見た記憶はかすかにあり、その写真も残っている。

次の記憶はねこママが小学校の一年生か二年生か、この叔母が花嫁姿で町へお嫁に行く姿を見ている。ぽかんと見とれているねこママに叔母が声をかけた記憶はうっすらとあるが、遠い昔のことなので何を言われたのかは覚えていない。

それからは、町へ行くたびにこの叔母の家へ寄ったり遊んだり御飯を食べたり、時には泊まったりしてまるで自分の別宅みたいにして過ごした。これはねこママのイトコたちも同じで、さらに三人とも高校生になると冬の間だけ叔母の家に下宿した。
子供のいない夫婦だったのでよく面倒見てくれ、毎朝の弁当も作ってくれた。今思うと本当に面倒かけたし世話になったなあ・・・と思う。

三人とも学校を卒業してそれぞれ引っ越したり就職したりして少しずつ叔母とは疎遠になってきた。
ねこママが卒業から足掛け何年も経ってからダンナを連れて顔を出したら、叔母は玄関先に立っているねこママを見て、「ビックリした!」と口走り、もう一度「ビックリした・・・」と言った。
その眼が心なしか濡れていて、ねこママは初めて、顔も出さなかったことを悔やんだ。

それから毎年夏には顔を出すようにして叔母も子供を可愛がってくれたが、ダンナの休暇の関係や子供の部活の関係で、次第に帰郷しなくなった。
義母の23回忌に帰ったときに寄りたかったが、なにしろ日帰りでの慌ただしい帰郷、温泉ホテルでの会食が終わるとそのまま列車と新幹線を乗り継いで帰らねばならず、顔も見せられなかった。
結局、ねこママが叔母と最後に会ってからもう16年も顔を見せていないことになる。

その叔母の死を、結婚して今は千葉にいるイトコが知らせてきて、ねこママは遠い昔の記憶からの記憶を呼び覚まされた。
イトコも、「全然ご恩返しが出来なかった・・・」と嘆いたが、もう遅い。彼らも実家へ帰るときに寄ろうと思えば寄ることも出来たのに、ほとんど寄ることもしなかったというのだからもっと後悔の念はあるかも知れない。

ばあさんが亡くなったときとはまた別の後悔の念にねこママも苛まれている。
おばさん、ほんとにごめん・・・


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by nekotamamako323 | 2017-07-22 15:28 | あ~あ・・・ | Comments(0)