2017年 04月 18日 ( 1 )

手話について

日本手話と日本語対応手話の違いについて述べた本を読んでいる。というのも、日本手話を使う聾者にこちらの手話が果たして通じているのかどうか、心もとない面があるから。

「明日、ハワイに行くんだ」をねこママが手話で「日本手話ふうに」表す場合、(なに、実際に行くわけではありませんけどね。そんなカネはない)

「明日 ハワイ 行く(飛行機の手話) 私」

だが、小学校低学年で失聴してろう学校に転入したHさんは、

「ハワイ 行く 私 明日」

だという。そこがよくわからない。日付けは最後だとHさんは言うが、なんで???
しかし、小学校低学年時とはいえ中途失聴なので、Hさんの手話も生まれつきのろう者の手話とはまた少し違うらしく、どう違うのかうまく説明しにくいようだ。

また、本では
「北海道なのに暑い!」の場合、対応手話だと

「北海道 なのに(でも・しかし) 暑い」

だが、日本手話だと

「北海道 涼しい よい 暑い」

となり、「よい」が「涼しい」と「暑い」を結ぶ接続詞になるのだそうだ。そこのところがよくわからないというか、感覚的に理解しにくい。
「だから最初っから対応手話でなく日本手話から始めた方が、その後に対応手話にスムーズにいきやすいらしいよ。逆に対応手話から始めてから、日本手話に移行するのは非常に困難なんだって」とK原さんに言うと、「聾者の世界に入らないと(覚えるのは)難しいねえ・・・」という返事。「手話通訳者はどうやって日本手話を身につけるんだろう?」

それはサークルだったり手話講習会だったりするのだろうが(ちなみに手話講習会は通訳士を目指す人のための講習会で、聴覚障害者は対象外)、対応手話を使う難聴者が日本手話を身につける場はなかなかない。

K原さんが通っているサークルは聾者の講師が教えているが、それでも日本手話でなく対応手話になりがちだという。昔ねこママが通っていたサークルもそんなもんだった。一見、手話に慣れない難聴者に聾者が迎合しているような感じもあるが、本当の日本手話を難聴者に教える意味があるのかというとまた違うのかもしれない。

そして、難聴者同士や手話を使う健聴者とのコミュニケーションのためには対応手話だけで十分だし、日本手話を使用する聾者とコミュニケーションをはからなければならないという機会はねこママにはない。
同じ市に住む聾者とのコミュニケーションは日常会話程度ならなんとかなるが、話し込もうとすると話の内容が結局あちらからの一方的な「社会差別論」にいきがちなので、正直「ダミだこりゃ」という感じになるのは否めない。気軽にお喋りしたいというねこママの感覚と合わないのだから、今のところ、日本手話を覚える必要性がないようなものだ。

それでもなんとか日本手話の感覚を掴みたい、という気持ちは、手話を使う難聴者なら誰でも持っているものなのかもしれない。


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by nekotamamako323 | 2017-04-18 08:49 | う~~~~む | Comments(0)