カテゴリ:要約筆記関係( 4 )

FAX

Y浜市
派遣担当様

                             ねこたママコ

ご多忙の折ご丁寧なお返事を頂き、ありがとうございました。
S玉県の方にも転送の件、OKです。(※Y浜市あに宛てた4月3日付の文のこと)
あちらにも事情を説明したFAXを送ってありますが、なにぶん簡単にまとめたものですので、改めて転送していただけると助かります。よろしくお願い致します。

目印のバラのバッジの色を間違えて伝えていたとのことですが、申し訳ありません、その色のバッジさえ目にしておりません。保護者のコサージュや、受付及び会場内にいる職員達の赤い花(ガーベラ?)のバッジは遠目にも非常によく見えたのを思い出します。

服装につきましては、筆記通訳者の存在の意味や依頼者側からの可視性を考えますと、非常に混雑することがわかっている場では、「二人とも黒っぽい服を着ている」のがいいような気がします。
それでなければ弁護士の天秤マークのバッジのように、筆記通訳者のトレードマークになるバッジを作ることが必要になってくると思います。
容易に見つけやすく、かつ遠くからでもよく見えるマークであれば、もしかしたら他の保護者と同じようなスーツを着ていても見つけやすいかも知れません。

いずれにしましても、私にも大いに反省点があります。
「日吉記念館入学式式場受付」と埼玉県から指示が来ていたにも関わらず、つい、誘導や案内板のままに別会場に進んでしまったこと、「保護者の会場は別の場所だとわかるのだから筆記者もこっちに来るだろう」と楽観してしまったこと、いよいよとなったら無理にでも職員に頼み込んで、学内放送でも何でもかけてもらうべきだったこと、等々です。

私の行動も少々トンチンカンでしたね。(^^;)

それでは、転送の件、お任せいたします。
日吉キャンパスにいるのは2年間だけですが、また何かあれば利用させていただくかもしれませんので、その時はよろしくお願い致します。

[PR]
by nekotamamako323 | 2010-04-07 06:52 | 要約筆記関係 | Comments(6)

ナニソレ、とか言われそうだが、一連の書き込みからねこママが判断したこと。

要約筆記とは

同時性を訴求する筆記通訳

というもんではなかろうか。


もし要約筆記者が「同時通訳」ときっぱり言い切ってしまったら、難聴者たちから

「エ~!?」

の声が上がることは必至。「オマエさんてばそんなにうまいのかよ???」とか内心思っちゃうよね。

「同時通訳」という言葉は、言ってもよい人と言っちゃならねえみたいな人がいると思うんですが。ヘッタクソな人や初心者が、「同時通訳である」と言い放ったら、思わずその人の首を絞める映像が浮かんでしまうざます。

次に、単に「通訳」としてしまうことに大きな抵抗を感じるんですね、ねこママは。
「通訳」について検索してみたら、「異なる言語に置き換える」ものだと書いてあった。
それにこだわるわけではないが、「要約筆記」というものを、その「『異なる言語に置き換える』通訳」の範疇にねじ込もうとするのはおかしいんじゃないかとねこママは思うわけ。
なんでそこまでしてねじ込まなくてはいけないんだかわからない。

今は、「筆記」を冠した「筆記通訳」という呼称が一番いいのではないかと考え始めている。


次に、絵や図形を要約筆記者の判断で入れることについて。
話し手の説明を、聞こえていればスムースに理解出来るが、要約筆記でだとどうしてもわかりにくいというか難聴者にうまく伝わらない!という危惧があるならば、理解を助けるために絵や図を書いて補足するというのは決して悪い方法ではないと思う。
ただし、基本はあくまでも「話し手の話の内容を文字で書いて伝える」だよね?

ところで、pontaさんの言う「トイレの荒縄」の話は、話し手がどう話したのかわからんので何ともいえない。
話し手が「昔はトイレに荒縄を渡していて、それが紙の代わりだった」としか言わなかったら、難聴者が「どういう意味?」と思っても要約筆記者は絵を描く必要はないと思う。
もし、話し手が、「トイレの端から端に荒縄を渡してどうたらこうたら」という詳しい説明をしていないのに要約筆記者がその絵を描いたら、それは要約筆記者が話し手とは無関係に自分の知識を描いた、という、いわゆる越権的な行為と言えるんじゃないのかなあ?
こういうのは要約筆記とも通訳とも筆記通訳とも違うとねこママは思う。早い話が、要約筆記者が「我」を出したのである。

繰り返しますが、どっちにしてもそん時の状況がわからなければ何とも言えない話ではありますけど。←じゃあこんなこと書くなよ、ですな。

[PR]
by nekotamamako323 | 2009-06-19 20:07 | 要約筆記関係 | Comments(7)

意訳について

ある人が、子供の頃にテレビで「雪原の中を無人の機関車が疾走するものすごい迫力のあるアメリカ映画を観た」という話しをしていた。ラストシーンで主人公が機関車の屋根の上に仁王立ちする映像が今でも鮮明に焼き付いているという。
何という映画だったのか思い出せないというのだが、ねこママもそういえば昔そういうド迫力の映画を観たなあ・・・と思い、ジョン・ボイトの名前が一瞬だが浮かんだのでそう伝えた。

すると早速パソコンで検索したとかで、確かにジョン・ボイトの「暴走機関車」であるという。
原題は「Runaway Train」で、まあ、一般的には「逃走列車」とか「逃亡列車」とかいう感じだけど、映画の内容やイメージをうまく掴んで意訳すれば「暴走列車」とか「暴走機関車」とかになるよね。
タイトルというのは集客効果に影響するものでもあるので、これが直訳だったら見ろ、客なんて誰も入りゃあしない。「逃亡機関車」じゃ、機関車トーマスみたいのが仕事が嫌になってスタコラサッサッサ~と逃げる映画みたいですやんけ。
そんな映画、観たいか?

英文や英語の小説などでも、辞書を引いたそのまんまに直訳した文だと誰も読まないし本も売れない。いくら世界的名作であっても、直訳だけだとたちまち文学でなくツギハギだらけの文献のごときものになってしまうのである。
意訳するということは非常に難しく、かつ大事な技術だよ。
要約筆記力と意訳力は比例するものなのかしらん?とねこママは思うのだが、そこんところどうなんでしょうねえ。

意訳って、意外と個人の知的レベルが試されるような気がするんだが。

[PR]
by nekotamamako323 | 2009-06-17 15:07 | 要約筆記関係 | Comments(3)

要約筆記とは

ゆめちゃんに、「要約筆記は『同時通訳』なのかどうかブログを読んで意見を言ってくれと頼んだのだが、今メッチャ忙しく、ブログを見るのは後日になるというのでそれまで待つことにした。

要約筆記とは果たして「同時通訳」なのか「同時通訳のようなもの」なのか、もしくは「通訳ではあるが同時ではない」というものなのか。

それといくら考えても、話し手のわかりにくい話を要約筆記者が絵や図にして描くというのを通訳と言えるのかどうか、そこに疑問を感じる。。言語通訳の場合、普通に通訳しただけだとわかりにくいからといって、わざわざ絵を描いたり図を書いたりなんてしないでしょう?それをあえてやったら越権行為じゃないかとねこママは思うわけ。

要約筆記者はあくまでも文字で要約筆記して、話す人が「自分の言っていることが相手にうまく伝わっていないな」と思ったら、自分で絵なり図なり描いて難聴者に見せればいいのである。
それを何で、要約筆記者が話し手に代わってそこまでやるのかがわからない。

もちろん、場面によっては話し手が自分で描いていられない場合もある。
その場合は要約筆記者に描いてもらうにやぶさかではないが、その場合は絵も図も単に補足のひとつであって、要約筆記についての説明を「話し言葉を文字や絵にするもの」とやったら意見が分かれて当たり前。
言語における同時通訳と同列に考えるなら、原語通訳者は絵も描かないし図も描かないということをどう説明するのかな、とねこママは思うのだ。

それともうひとつ、繰り返すが要約筆記の勉強を初めて間もないような人が要約筆記やそれを利用する難聴者のことを新聞という公器に書くのは遠慮してもらいたい。
彼女の文章はこっちの頭の中に「?」マークがいくつも点滅させるんですがねえ。

[PR]
by nekotamamako323 | 2009-06-15 23:21 | 要約筆記関係 | Comments(15)