カテゴリ:ひとりごと( 81 )

いろいろのこと

c0077465_09152230.jpg成宮クン引退。

コトの真偽はともかくとして、一番こたえたのは心から信頼していた友人による裏切りだったんだろうなと思う。フライデーよりも罪が深いよ、この「友人」ってやつは。

サイテーだね。

成宮クンから離れたかったのなら他に方法があっただろう。それを選択しなかったことに、この「友人」のろくでもなさがものすごくよくわかる。

話違い、安倍サンを責め立てるときの蓮舫さんの顔つきが何かに取り憑かれたキツネみたいになっている。自分だけの感じかと思っていたらスットコ息子も同感で、

「あれは安倍政権を攻撃する自分に酔っているんだよ」

と言う。
そうだね。アンタの仕事はそれっきゃないのかよ、とか蓮舫さんに突っ込みたくなるよねえ。

新生姜がどっさりあったので、またもや佃煮。千切りをやめて、今度は薄くスライしてから煮てみた。
茹でこぼすと辛みが少しは抜けるみたいだが、そこまでへなちょこな味つけにするつもりはないので、辛〜いままにしてある。根性たっぷりな御飯のおかずデス。


[PR]
by nekotamamako323 | 2016-12-12 09:31 | ひとりごと | Comments(0)

悲しい写真

青森の黒石市長賞に輝いた写真の少女がその後自殺していたというので、いったんは取り消しになったあの写真、報道写真ではないけどピューリッツアー賞をあげたい。

こんなに清らかで輝くような笑顔の少女が世にもくだらぬいじめの標的になって、この世から永遠にいなくなってしまった、という悲しみを共有し、かつ深い問題を提起できる気がするのだ。

というより、せねばならぬのではないか。

[PR]
by nekotamamako323 | 2016-10-19 17:05 | ひとりごと | Comments(0)

彼岸が近い

c0077465_08464513.jpg「まいう〜」でおなじみのタレントが芝峠温泉(⬅クリック)の露天風呂に浸かっている映像が流れたので撮っておいた。温泉の向こうに雲海が見える、おなじみの情景である。

そういえばダンナの実家はリフォームはしたものの、別荘的に使うだけなので、水道と電気は通っているもののガスは使用停止している。なので、泊まりに行っても台所での料理は出来ないし風呂にも入れない。

食料は町のコンビニで弁当やパンのたぐいを買うか、材料を調達して携帯コンロで調理するかなのだが、風呂は芝峠温泉までわざわざ入りに行くことになる。

温泉までの距離はたいしたことはないので別にいいのだが、内風呂に慣れきってしまっていると、滞在中はずっと不特定多数の人が入りにくる温泉に浸かるしかないというのがすっごい嫌。

人様の裸なんぞ見たくもねえし、自分の裸だって見せたくない。なにも裸を見たり見られたりしに行くってわけでもないから気にしなくてもいいのだが、やなもなぁやだ
なので、まだ義父が生きていた頃、みんなで温泉行くかってなった時にもねこママは勝手に風呂をわかして入っていた。

去年の1月に老人ホームで脳梗塞を起こして、あっという間に逝ってしまった義父は成仏しているだろうか。27年も前に亡くなった義母と二人で、まだあの家にとどまって生活しているような気がしてならない。懐かしい二人だ。

彼岸が近いので、ついあれこれといろんなことを考えたりしている。そしてゆうべは珍しく、ばあちゃんの夢を見たりなんかした。


[PR]
by nekotamamako323 | 2016-09-13 09:37 | ひとりごと | Comments(0)

もうすぐお彼岸

S市の彼岸花祭りへのお誘いメールが来たが、その日はお彼岸。スットコばあちゃんが亡くなって1年も経っていないので、遊びを優先するかお墓参りを優先するかは考えるだけ野暮。

春の彼岸が過ぎて夏のお盆が過ぎ、そして迎える秋の彼岸。
それから間もなく一周忌になろうとするわけだが、ばあちゃんは今はどこをさまよっているのだろう・・・。

[PR]
by nekotamamako323 | 2016-09-10 10:42 | ひとりごと | Comments(0)

自家製の梅干しを入れたお握りと、朝の残りのトマト・油揚・玉ねぎ入り味噌汁。ダシは煮干し。

おかずはポテトサラダにミニトマト、ほうれん草のゴマ和え。
「いり胡麻」とあるものを買っているが、和え物にするときはフライパンで少し炒り直した方がいいかも。
c0077465_13251216.jpg
ここんところ、夜はなかなか寝付かれないので寝不足していると思う。今もメッチャクチャ眠い。
眠りは浅くなくむしろ熟睡&爆睡していると思うのだが、なかなか眠りにつけないのはしんどい。

スットコ娘が、
「布団に入ったら10分から20分くらいは眠れないのが普通だってよ。すぐに眠っちゃうのは眠ったんじゃなくて気絶なんだって」と言う。

いいじゃん気絶。あこがれますわ。笑

[PR]
by nekotamamako323 | 2016-08-24 13:28 | ひとりごと | Comments(0)

新盆

お盆終わり。
菩提寺から新盆用の塔婆が送られてきて、今まで仏壇に安置していたが今日はお墓へ設置しに行く。

姉が何度もばあちゃんの夢を見るそうで、「どういうわけか、夢の中のおばあちゃんはすごく優しいんだよ。なんでだろう?」と言う。
「生きていたときはきついモノの言い方するから嫌いだったんだけど、何度も夢に出てきて、いつもすごく優しいの」

ふ〜ん、なんでだろうね。
「こういう優しい母であってほしかった」という姉貴の願望が見せる夢なのか、はたまたばあちゃんの方で、今まできつく当たって悪かった、という思いが夢になって現れたのか。
判断がつきかねるが、ねこママなんてばあちゃんの夢は一回見たっきりで、しかも非常に曖昧というか霧の中に見え隠れしているようなはっきりしない夢なのである。
しかも、優しかったかというと口調は相変わらずの憎たれ口なのであった。

ま、ばあちゃんが姉貴にキツく当たっていたのは無理からぬ話で、ねこママからすれば何度も言うように「どっちもどっち」なのである。
子どもの頃は、一方的にばあちゃんの方が悪く、大人になるとばあちゃんがキツく当たる理由もわからなくはない理由が姉貴の方に増えてくる。正直言って、親子としてうまくいかない組み合わせだったと思う。ジグソーパズルのピースが噛み合っていなかったのだ。

ねこママはどうか、って?
噛み合わなくても辛抱するしかないが、そういうのって、長年の「合わない想い」が蓄積される形になって、最後は「夢にも見ない」という現状になってしまいますね。

もちろん、会いたいことは会いたい。
写真立ての中のばあちゃんをみると、ただひたすらに懐かしい。


[PR]
by nekotamamako323 | 2016-08-17 10:57 | ひとりごと | Comments(0)

塔婆が届く

c0077465_08270726.jpg毎日暑くてたまらない。そういえば去年の今頃は、こんな暑さの中をじいさんと交代のようにしてばあさんの病院へ通っていたなあ、と思う。

正直、煮えるような暑さの中をY潮市まで片道一時間近くかけて行くのはきつかった。
チャリで駅まで行くのもバス停でバスを待つのも、Y潮駅に着いてそこから病院まで10分近くを歩くのも太陽にじりじりとあぶられながらのことだから、それを週に複数回やるのは正直かなりのストレスであった。

しかし、ばあさんが待っている、と思うと、病状が進んでもはやあまり反応がなくなっているとはいえ、行って顔を見せないと可哀想だという思いにとらわれてしまうんですね。
あの夏はしんどい夏だったけど、終わったんだなあ…。

画像は新潟の菩提寺から送られてきた新盆用の塔婆。
お盆が終わったらお墓に移して下さい、と住職からの手紙に書いてあった。

仏壇はずいぶん古くから新潟の家にあったものを引っ越しとともに持ってきたので、いろいろなところが痛んでいる。ねこママも小さい頃からなじんできたものなので、自分が入るとしたら、この仏壇以外はイヤ。

もっとも、実を言うと仏壇というのはそこに入るとかいうものではなく、この世とあの世の行き来に使われる場所なんだ、とねこママは思っているんですけどね。

[PR]
by nekotamamako323 | 2016-08-11 08:36 | ひとりごと | Comments(0)

今日はやけに

c0077465_15085062.jpg岡野雄一氏の「ペコロスの 母の玉手箱」を読み返している。今も週刊朝日に連載されている漫画を単行本化したもので、先に「ペコロスの 母に会いに行く」も発行されている。

「玉手箱」では認知症と脳梗塞をわずらってグループホームにいる母の死までが描かれており、いつ読み返しても胸がチクチク痛んで仕方がない。

ばあちゃんの死から半年が過ぎて8ヶ月めに入ろうとしているが、毎日のようにばあちゃんのことを思い出し、家の中や庭先に面影を探していたりする。
それも供養のうちなんだろうけど、いつになったらめったに思い出すこともしなくなるのだろう。

別にそうなりたいわけではないが、どうかするとふと寂しくて涙がでそうになったりするので、いい加減そこから脱却したい気持ちがあるんですね。

…今日はやけにセンチメンタルである。お盆が近いからだろうか。

[PR]
by nekotamamako323 | 2016-07-12 15:13 | ひとりごと

書について

c0077465_14212713.jpg蒸し暑くてダレる。お昼は簡単に冷やし中華。

じいちゃんが近所の市立病院へ行ったまま帰宅しない。電話が来てそれを受けたあとに慌ただしく病院へ行ったところをみると、予約していたのを失念していたものらしい。
なので、とりあえず自分の分のみ作る。

夕べはいつものように「プレバト」を見たが、才能のある人はほんとに才能があるもんだなあ、と考える。努力の結果ということもあるだろうが、努力の結果、才能が少しずつ掘り起こされてきた、とみた方がいいかもしれない。

キスマイの横尾くんの俳句がだんだんと練れてきて、欠点がなくなってきている。進歩がめざましくて気持ちいい。千賀くんもそうだが、若い人が努力して向上していくって、見ていて本当に気持ちいいしかっこいい。

今回「習字(書道)」はなかったが、審査する人が武田双雲氏の御母上。
双雲氏の書は外連味があって好きじゃないし、特に「はらい」の部分など重くてくどくてイヤだと思っていたら、御母上のもまるで同じだった。(^^;

ねこママは小学校の頃に学校でさんざん基本の形を叩き込まれたので「永」の字は基本に乗っとった形で書けるが、武田家の「はらい」の形は当時のねこママの先生もおそらく嫌いだろうなと思う。

なんで「はらい」にこだわるかというと、ねこママが一番神経を使うのは、最初の「点」と最後の「はらい」だったからですね。
このふたつの部分が卑しいと、字全体が卑しく仕上がってしまうように思う。

などなど考えつつ今日の昼食終わり。


[PR]
by nekotamamako323 | 2016-07-08 15:04 | ひとりごと | Comments(0)

c0077465_09303891.jpgちなみにコチラはスットコ娘がハマっている塗り絵。ねこママがずぇ〜〜〜〜ったい塗りたくないやつ。(営業妨害)

娘はこれを夕食後、風呂に入る前のひとときにちまちまちまと塗り、「楽し〜い!」と叫びます。

なんで?なんで?な〜んで?
どして?どして?どうして?
この塗り絵そんなにいいんだろう〜〜

守屋浩かよ。⬅あんたも古いね。

そういえば小さい頃にぬりえがはやってひとしきり遊んだのを覚えているが、それの復刻版を買って在りし日のばあちゃんにやらせたことがあった。

集中力がもたなくてちょっと塗っただけでやめてしまうので結局続かなかったが、小さい頃から、次々と生まれてくる弟妹の世話ばかりしてきたので「好きなことをして遊ぶ」ということがあまり身についていなかったような感じがする。
「遊ぶ」ということに罪悪感みたいなものを感じていたような部分もある。

いいかげん自分の楽しみを見つけて、家族や家のことなんてほったらかせばいいのに、と思うくらいばあちゃんの気持ちは内向きで、家の中のことにばかりかまけていた。
山村の貧しい農家の、それも子だくさんの家に生まれた長女だったからしょうがないのかもしれないが、ねこママにとってはそのことが重荷に思えてしかたがないこともあった。

「家に主婦は二人もいらない」ということを身にしみて感じることもあったなあ、そういえば。会社に社長は二人もいらないのと同じようなものですよ。

まあ、遊ぶということもよくわからないままに成長し年をとってきたものだから、家のことに執着せざるを得なかったのだろうと思うけど・・・ねこママみたく早く家のことから逃れたいと毎日のように思っているのもいるし、ままならぬものです。
じゃあ、ばあちゃんに任せて遊んでればいいじゃないかって?

ところがどっこい、ばあちゃんはねこママがいくら立ち働いていても、「家のことを何にもしない」とあることないこと近所の茶飲み友達や田舎の親戚にまで喋くるから、ばあちゃんに任せて遊んでいればなおさらドえらい目にあうのはねこママなんですわ。
実の母親とはいえ、いつ人様に悪口を言う出すか油断が出来ないところがあって、おかげでねこママ、家のことを真面目にやっているのに田舎の親戚には「何もしない」ように思われていたりする。どうしょもないね、まったく。

いっそ開き直って遊んでいてもせっせと働いていても、人様に言うことは同じ。「家のことをなんにもしない」

は〜〜〜あ。

ほんっとうに「毒親」であったなあ、と思う。なぜそんなに子供の悪口が言いたかったのだろうとも思う。
思うのだが、毎日一回はばあちゃんのことを思い出して、いいこともイヤなことも含めて懐かしく思い出すのは、本当に死んでしまったからなんだね。

もう一度会いたい。けど生き返って欲しくない。お墓参りも毎朝炊きたての御飯を備えるのも欠かしませんので成仏して下さいね。さようなら。

[PR]
by nekotamamako323 | 2016-06-22 10:20 | ひとりごと | Comments(0)