思い出

天気が悪いので所在なく、ストリートビューでかっての通学路を眺めて思いにふけっている。

ねこママが中高生の頃は木々がこれほど生い茂っておらず、道の前方が大きくカーブして右へ緩やかに伸びているのが見えていた。この白い建物もなかったし、左にあるたくさんの杭もなかった。まったく何もない道だった。

なぜここの写真かというと、すっかり真っ暗になってしまった晩秋のこの道を家に向かって歩いていると、カーブの向こうから、オレンジ色の光と同時に真っ白なものがふわふわと近づいてくるのが見えた場所だからである。ねこママと一緒に歩いていたのは先輩と、あと美少女のY子もいたように思う。

「あれはなに?なに?」と皆でおびえていると、白いものは少しずつ近づいてきて、ねこママたちの恐怖も最高潮、よくよく見たらな〜んだ、白い割烹着姿の母が提灯で道を照らしながら迎えに来ただけだった。
ホッとすると同時に、「なんでそんな白いの着てくんのさ。幽霊かと思ったがな」とメチャクチャ怒ったのを覚えている。
先輩たちは大笑いしたが、ねこママは怒りが収まらずプリプリ怒りながら帰った。

そんな思い出の場所である。今思うとしみじみとありがたいことではあった。当時は言えなかったけど、あの時はほんとは嬉しかったんだよ、お母ちゃん。

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by nekotamamako323 | 2016-06-13 16:41 | 感謝 | Comments(0)

四十九日法要

今朝はこんな感じ。手前左の椅子がこっちを向いているのは、じいちゃんがお握りの乗ったお皿を置いて朝食中のため。

まあとにかく終わってホッとしました・・・。
ごくごく身近な親族だけで済ませたとはいえ、さして広くもない自宅でやるってぇのはなかなか大変である。しかも、坊さんがお経を上げる横ちょにはじいさんのベッドが鎮座ましましてるし。
菩提寺が新潟にあるのでしょうがないっちゃらしょうがないんだけどねぇ、まあ気楽っちゃら気楽ではあった。ダンナがなにくれとやってくれたので、いろいろと楽させてもらいました。
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by nekotamamako323 | 2015-12-18 15:55 | 感謝 | Comments(0)

家を守る

義兄の長男であるNくんに第一子が産まれたという連絡があった。今年、亡くなった義父が生きていたらさぞ喜んだだろうに、と思う。
初めての孫であるNくんを義父は可愛がり、「俺が死んだら、この家はK(義兄)のものになり、それからNのものになるんだ」と、ねこママによく言っていた。

あのぉ、もしもし?
この家を建てるにあたって、うちのダンナは何百万ものお金を出しましたけど?
当時、義兄はお金がなくて出せなかったので、その分もダンナが立て替えてましたけど?
そのお金は一部だけ返してもらったけど、残りは踏み倒されてますけど?

とかとかとか、言いたいことはいろいろあったけど肝心のダンナが「まあいいよ」だから、まあいいんですけど。笑

第一、ねこママはこのちょっぴり無神経な義父が嫌いではない。むしろ好きだった。
代々「ダンナ様」と呼ばれる家の跡取り息子として育ったので、義父にはどうも尊大なところがある。自分が無神経だからだと思うのだけど、ねこママにはその尊大さ加減が面白かったんですね。笑

この義父に見下されて傷つくことを言われて泣かされたという人の話を聞いたこともあるが、そういうことをひっくるめても、ねこママはなんとなく、やることに愛嬌のあるこの義父が好きだった。スットコ娘も同じだったと思う。

そのNくんが義父の遺した家をキレイに掃除してリフォームし、皆が自由に使えるようにして守っていくと決めてくれたので、義父もさぞ嬉しいだろう。
あの世というものをねこママは信じていないが、家のそこかしこに義父や早くになくなった義母のエネルギーのようなものは残っている。そうして、自分たちの建てた家が引き継がれていくことに安堵している。

ねこママはそう信じている。


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by nekotamamako323 | 2015-09-27 10:04 | 感謝 | Comments(0)

昨日のこと

N子さん達と、新座市にあるほっとスペース包(パオ)に行ってきた。ホームページでわかるように、要約筆記者の方や障害者の方が協力し合って運営しているコミュニティスペース。
薬膳風のカレーがおいしい。「生姜が入ってる」とN子さんやOさんが言ったが、ねこママ、味音痴なのかそこまではわからなかった。しめじやえのき茸も入っていてヘルシーな感じ。ねこママんちでは馬鹿の一つ覚えのように、肉とジャガイモ・玉ねぎ・人参しか入れません。
たまには挽肉だの豆だのとあれこれ入れてみたいのだが、ねこママんちはスットコ亭主も息子も娘も、カレーの具に関してはおそろしく保守的。まったくもっていやんなりますよ。

「包」のカレーでねこママが注目したのは人参の切り方で、薄い半月切り。ねこママんちのカレーの人参はぶ厚いイチョウ切りざます。どっちでもおんなじだ、って?そうですよ。口に入って消化されてしまえばみな同じ。
なんとなく、スットコ娘が彼氏んとこへ行って一緒にカレーを作ったはいいが、人参の切り方で揉めた話を思い出した。こちらイチョウ切り、あちら乱切り。繰り返すが、口に入って消化されてしまえばみな同じなのじゃ。つまらんことで喧嘩するな。
人参はイチョウ切り
と、はなっから決めておきなさい。⬅独裁か。

c0077465_10001816.jpgカレーは美味しかったが、お昼時になると客が増えてくるので長居はしにくい。店内の手作り品をあれこれ物色し、柄が気に入ったのと手帳と筆記具をバラけずに収納できる点が気に入って購入したのがこちら。➡
お値段1,000円。
とにかくしっかりした作りで、柄がステキ。

それまで手帳入れに使っていたファスナーつきのポーチはN子さんに引き取ってもらい、これで、ひとつ買ったらひとつ処分するという感じのプラスマイナスゼロ。家の不要品もこういう調子で行けばいいのだが、そこはなかなかうまくいかぬものだ。ムダなもんばっかりがなんだか増えてくる。

他に、造形大学出身の男性の猫の絵本が展示してあった。
そういえばスットコ息子も猫を中心にした絵本を作っていたなあ、と思い出したが、あれから猫を描いていないのはなぜだろう。

男性の絵本はなかなか面白い絵柄だったので、「本を切り取って折り紙や紙工作に使えるようにしたり、シールに加工できるようにしたりしたらどうかな」と言ったら(ミシン目を入れることになるかも知れないが、楽しそうだ)「考えてみます」という返事。
よけいな口をはさんだけれど、そうやって遊べる本にした方がもっと楽しめる、と思えるような絵柄と色使いだった。

トウモロコシ畑のところでトウモロコシを三本買い、ふるさと新座館でさらに買い物をして、しばらくお喋りして解散。
今日は、Oさんのことも含め、いろいろなことでいろいろな人が地域や人様のために動いているということが感じられて、ありがたいことだなあとしみじみ思った。


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by nekotamamako323 | 2015-06-28 11:18 | 感謝 | Comments(0)

白内障の手術完了

やっと白内障の手術が両目とも終わった。白濁も取れて視野はすっきりした。
しかし、「日帰りですむ」とか「あっという間に終わった」とか人は言うが、手術前に何度も何度も眼科に通い、あれやこれやの目薬さし〜の検査し〜の、手術終わったらまた毎日眼科に通い〜の目薬をいくつもさし〜の、で思ったより大変なのである。
さらに!手術のあとにつきものの「眼圧上昇」にも見舞われ、こっちもまた目薬を点眼せにゃあかんのですね。要約筆記の人が、「こんな大変だと思わなかった・・・」と漏らしたくらい。今はまあ落ち着いたが、まだ視力が安定しないので眼鏡を作ることも出来ない。

ねこママは焦点を近くにとったレンズを入れているので本や新聞も楽々読めるし特に日常生活に差し障りはないが(TVの字幕が離れていると多少読みづらいくらい)、焦点を遠くにとったレンズを入れた人は、近くが見えづらいまま数ヶ月を過ごさなければならないので大変かもしれない。

しかしまあ、夜寝る前にコンタクトを外す必要もなく、朝起きたらコンタクトを入れる必要もないというのは楽である。
なにより夜中に大地震が起きて避難しなければならない事態になったときに、視野の確保の心配をしなくてすむようになったのはありがたい。
改めて思うのだが、医学の発達やそれらに貢献してきた方々にはただ「感謝」、それに尽きる。


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by nekotamamako323 | 2015-05-28 11:11 | 感謝 | Comments(4)

昨日の話

スットコ亭主と怒鳴り合いの大喧嘩。
ケッタクソ悪いので、休日で家にいる亭主をほっぽらかして遊びに行った。
電車の中で、亭主に送ったメールがこれ。

私は昨日の朝、ダンナがまだ寝てる間にハンガーからダンナのズボンを下ろしてアイロンかけて、またハンガーに戻しました。自分が寝ている間のことで知らなかったことを、「アイロンかけてない!!」と人を嘘つき呼ばわりするのはどうかと思う。

○野も、「お父さんは帰ってくるといつも機嫌が悪いよね!風呂場で舌打ちするし何かゴチャゴチャ言ってるし」、と不愉快な顔。いい加減にしてほしい。そんなことはアパート借りて1人暮らししてからやって下さい。私も仕事で腹が煮えることは山のようにあったけど、ダンナに1回でも当たったことがあったか?

今日は出掛けているので夕方まで帰りません。私の顔を見ないですむので自由にやって下さい。とにかく、帰宅するなりワーワー文句言われるのはもうまっぴら。自分の人生をこんな不愉快な思いして過ごすのはもう嫌だ。お陰で私はちっとも幸せじゃない。



・・・いったい何なんだって?
いや、亭主の仕事用のズボンをアイロンかけておいてくれと頼まれて、それをうっかり忘れたので朝になって弁当を作り終わってから改めてアイロンをかけてまたハンガーに戻しておいたわけ。スットコ亭主、ぐっすりと眠っていて気がつかず、「アイロンをかけておいてくれ」と頼んでいたことも忘れてそのズボンをはいて仕事に行った。

仕事先でまた理不尽な文句ばかり言う客にぶちあたったらしく、帰宅していきなり「アイロンかけてないだろう!」という怒りになってねこママにはね返ってきたわけ。
こうなるともう、いくら「アイロンかけたよ」と言ってもきかず、「かけてない!」「かけた!」「嘘つけ!」「かけたってば!アンタが寝てる間に!!」「いや、かけてないっ!!」と無意味でエンドレスな応酬に。

ねこママすっかり頭にきて、
「だいたいそれはアンタの仕事着でしょうっ!自分がアイロンかければすむ話っ!なんで私がやらねばあかんのじゃ!」
と怒鳴り返し、その日はそのまま寝たが、翌朝になってもまだ怒りが収まらねえので、ひととおりの家事を済ませて家から飛び出したわけです。そして、メールした。
返事?来なかったざます。

そのまま、前に一回誰かと行ってちょっと廻りきれなかったところをブラブラと見て歩いたり買い物したりして、別の電車でばあちゃんが入院している病院へ行った。

ばあちゃんは、横浜に住むねこママの叔父夫婦や茅ヶ崎のイトコ夫婦が三日前に見舞いに来てくれたことも忘れていて思い出せないでいた。前日にスットコじいちゃんが顔を出したのも覚えていなかった。
ということは、ちょくちょく顔を出しているねこママのことも、「今日来たことも明日には忘れている」ということなのか。

帰りのバスの中で、「みんなが来てくれたこともばあちゃんは忘れていたよ〜」とイトコにメールで訴えると、ものすごくあたたかい返事が来て、読むなり涙がブワッと湧き出してきた。

「おばさんが忘れてしまうのは寂しいけど、良いこともあるよ。いつも、会うのは久しぶりと思うから新鮮よ。久し振りね、元気だったね、と会うたびに言ってあげられるよ。ママコちゃんのことも忘れるよ。だから、いつも笑顔で、にっこりした顔を覚えておいてもらうんだよ。会えて嬉しい、心配ないよ、と言ってあげてね。笑顔で接してね、安心するから」

そういえばねこママ、ばあちゃんが家にいるときはいつも、不安を与える接しかたをしていたなあ、と胸が痛む。
このふたつ下のイトコも、脊柱管狭窄症の父親と、膝を骨折したあと歩行がままならなくなった母親をかかえている。おまけに一人っ子だから頼れる兄弟もいない。

イトコの母方の伯母も認知症で何もわからなくなっているとは聞いたが、実際に自分の親がそうなりつつあるのはまたちょっとせつない気がするものだ・・・。
しかし、メールを読んでなんだかほっこりとした。ねこママ、ダンナと激しくやり合ったので、神経がナーバスになっていたのかもしれない。

チゲ鍋の材料と、刺身を買って帰宅。
亭主はねこママのメールがこたえたのかいつになくおとなしく、それでなんとなく仲直りした。

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by nekotamamako323 | 2014-11-06 11:47 | 感謝 | Comments(0)

1ヶ月近くのご無沙汰。まったく何やってんだかね。
とはいえいろいろな事があり、かつそれらを列挙してもしょうがないのではしょります。

ともかくスットコばあちゃんは介護度2だということになり、二ヶ所めに見学した通所施設に週三回通うようになった。ケアマネさんによれば、ばあちゃんの場合、介護保険利用でデイ・サービスには月に21回通うことが可能ということだった。ということは週に5回強利用できるということである。
まあ、そこまで行かせても気が休まらず可哀想なので、週に三回だけ行ってもらうことになり、その間はやっと一息つけるという感じ。

みんなが出払った昼間、ねこママはじいちゃんと二人でゆったりとした時間の中にいる。図書館から借りてきた「相対性理論とタイムトラベル」「アインシュタイン 不可解な思考の世界」などなど、いつもならばあちゃんのためにたびたび中断されてしまう本が全部読めてしまった。実にありがたいことだ。

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by nekotamamako323 | 2014-08-04 23:07 | 感謝 | Comments(0)

祖母のこと

c0077465_115541100.jpgねこママが育った新潟の家は3歳のときに改築したものだが、建築中は本家に間借りしていた。
その間のことはほとんどといっていいくらい覚えていないが、祖母はその頃に、横浜の叔父宅へ数日間行っていたらしい。

画像はその中の一枚で、背景はたぶん横浜か鎌倉の海だと思われる。潮風に吹かれて髪が乱れているのがわかる。
祖母は当時61か62歳ぐらいだったはずだが、現代の62歳と比較すると老けている。髪型や服装のせいもあるかと思うが、70歳ぐらいに見えるなあ、と思いつつ、「意外と若かったんだなあ」と逆説的なことも考えて、我ながら少しびっくりした。

ねこママの記憶にある祖母は典型的な「おばあさん」で、若い要素なんて少しもなかったはずなのだが・・・と考えて、納得した。それだけ、ねこママが年をとったってことなのよねん。フン。笑

しかし、今は祖母のことが懐かしい。いろいろ思い出すと、胸がふさがれるような苦しいような気持ちになる。
なぜなんだろう・・・。
もしもあの世で会えたら、「おばあちゃん」と言って抱きついて、いろんなことに対して謝りたい。

※なお、この画像は幕末の頃の写真ではありませぬ。念のため

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by nekotamamako323 | 2014-05-15 19:14 | 感謝 | Comments(2)

ねこママはまだ足が不調で式典には参列しなかった。画像は、娘が送ってきた写メール。
楽しく過ごした学生時代が終わり、さみしがる娘の気持ちもよくわかるが、ねこママはやっと、肩の荷が下りたような気分で、053.gifさみしくも嬉しいという複雑な気分を味わっているんです。
もしかしたら、ねこママの「母親時代」もこれで終了(?)していいってことなのかも知れないね。
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by nekotamamako323 | 2014-03-24 14:40 | 感謝 | Comments(0)

「さみしい」

卒業証明書をいただきに三田キャンパスへ行ってきたスットコ娘が、「さみしい・・・」というコメントとともに送ってきた画像。天気がよくなかったので実際はもう少し暗い画面だったが、カラー調整で少し明るくした。
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しかし4年前、娘がKO大学に入った頃のブログを読み返していると、なかなかに感慨深いものがある。娘にとっては、希望と失望と、全部ひっくるめても素敵な4年間だったと思う。
今はさみしいかもしれないが、そう思える学生時代を過ごすことが出来て、娘は本当に幸せだ。

U和第一女子高校、そしてKO義塾大学、と最高の環境にいられたことを感謝します。

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by nekotamamako323 | 2014-03-21 12:01 | 感謝 | Comments(2)