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脳は不思議

ふっと気が向いて、また漢字ナンクロを買った。
というのもいつになく難しいというか、答えを出すのに難渋しそうな本を見つけたので。

どういうふうに難渋するかというと、例えば「比□□□」(四字熟語)の□を埋めろという問題。
□にはそれぞれ数字が振ってあって、それぞれが別の熟語と連結している。
いや、要するにただのクロスワードなんで説明なんてしなくてもいいのだけど、この「比□□□」がしばらく考えてもわかんなかったです。

連結する熟語との絡みを見ると、こっちもチンプンカンプン。なので結局「比較対象」しか浮かんできませんの。
よくよく考えて、藤原不等だとか由ケ浜だとか例定数だとか、「比」が出てくる言葉が(『比』の位置の違いや字余り含めて)頭の中をよぎるがどれも違いますねん。

あ〜こりゃダミだわ、と思っていたら出し抜けに「長恨歌」のことがひらめいた。はい、なので「比翼連理」ですね。
その瞬間、だいぶ前にテレビで「ひらめきと直感の違い」について説明していたのを思い出し、身をもって理解した。つまり、「ひらめき」が直感と違うのは、「後から理由が言える」のである。
この場合は、中学の三年生の(そりゃ大昔のことですわ)国語の時間に「長恨歌」を習った、という理由がつけられる。

c0077465_18424603.jpgちなみにスットコ娘にLINEで出題したら、「いくら考えても『比企能員』しか出てこない・・・」という返事でした。

比企能員ってだれ???

その割には「ひきよしかず」とちゃんと読めるのはなぜだ。
これはねこママ、習った記憶がまるでないのだが、はたしてひらめきでしょうか直感でしょうか。
それとも脳味噌の引出しの奥深くに隠れていて引っぱり出せないでいるだけなのですか???


まるで関係ないが、画像はスパムと薄焼き卵のお握り。
仕事前にうちに寄るスットコ息子に作ったが、おいしいです。


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by nekotamamako323 | 2017-09-15 19:18 | う~~~~む | Comments(0)

c0077465_12472458.jpg「俺がこんなに強いのも 当たり前だのクラッカー」という台詞がありましたねえ。

ご存知の人はご存知の「てなもんや三度笠」。「あんかけ時次郎とかいうのが敵を倒したあとではなつ台詞だった。ような?

その前田のクラッカーを今までに食べたことがなかった。
というかクラッカーそのものは別メーカーのものを食べたことはあるが、子供にはそんな美味しいもんでもなかったので忘れ果てていた。

昨日、行きつけのスーパーでその前田のクラッカーを見つけたので購入。以外と美味しいやん。
チーズなりジャムなり乗せてカナッペにしたらいいんだろうけど、近頃のねこママ、お年のせいか素朴なお味を好むようになっているので何もつけない。
うすい塩味のそれをひたすらジャリジャリジャリジャリと食べます。⬅ふとるがな

そういえば、H坊氏がココナッツサブレにはまってそればっかり食べていたなあ、とそんなことを思い出す。つられてゆめちゃんもサブレを買うことは買ったが、家へ帰る途中、どっかで落っことしたということも思い出した。笑

ねこママはゆめちゃんとは相変わらず仲良しだが、H坊氏はもうおそらくねこママを見ても誰だかわからない。
月日は矢のように、そして残酷をともなって流れる。


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by nekotamamako323 | 2017-08-20 13:02 | う~~~~む | Comments(0)

記憶について

いつだったかテレビで見かけた知識。覚えておられる方も多いと思うが、ちょっと書いてみる。

記憶の仕組みには以下の4パターンがあり、

1、正しい記憶だという確信が高く、実際に正しい
2、正しい記憶だという確信が高いのに、実際は誤っている
3、正しいという確信が低いのに、実際は正しい
4、正しい記憶だという確信が低く、実際にも誤っている

このうち、1のパターンは海馬が活動している。記憶を司る部位につき、正しい記憶で活動するのは当然。
2のパターンは、海馬は活動していないが、側頭葉、後頭葉、前頭葉の中間部が活動している。

3と4のパターンについては説明はなされていなかったと思うが、森友・加計を巡る問題についてはあまりにも「記憶にありません」の発言が出てくるので、一度、関係者たちの脳活動を計測して公表してもらいたいものだ。


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by nekotamamako323 | 2017-07-11 20:30 | う~~~~む | Comments(0)

留袖のカタログ

c0077465_14020387.jpgスットコ娘が「見ておいてね〜♪」と言って、送ってきた留袖のカタログ。
モーニングの写真もあるが、これっぽっちもどうでもいいので(笑)留袖だけを見ている。

しかし、何がどうやらカニがどうやらよくわかんない。自分で用意するもんは、

ガーゼ肌着
裾除け
白足袋
草履&バッグ
タオル2本


とのこと。

2年ぐらい前に長男が結婚したK原さんに聞くと、「母の留袖があるのでそれを着ようと思っていたけど、結婚式場の人に、今は全体に派手になっているから昔のは着ない方がいい、と言われた」という。
「それと、新郎側の方が格上だから、新婦側より地味なのはダメなんだって」


・・・・はあ????
新郎側が格上???

うちは可愛い娘をくれてやったんだぞありがたがれ、みたいな気持ちでいるんすが?????⬅冗談

ともかく地味目のを選べばいいのね、わかりました。
とはいうもののカタログに載っているどれもこれも派手な柄なので、「もしかしてこれは『新郎側用』かしら???」と思ったがそういう表記もない。
とりあえずばあちゃんの着物類が入っているタンスを開けて、裾除けやらバッグやらがあるかどうか探すことにします。


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by nekotamamako323 | 2017-06-24 14:24 | う~~~~む | Comments(2)

1冊の本から

c0077465_11042913.jpg図書館で借りてきた本。
筆者は昭和13年生まれで、その母親に当たる寺崎テイさんという方は明治42年生まれ。平成21年100歳なので現在は無論のことながらこの世にはおられない。

当該書はテイさんの生涯を出生のときから晩年に至るまでを記録したものだが、まだ読み終わっていない。
ただ、100年前(正確には平成29年の現在、108年前ということにはなるけれど)ということで、ねこママはふと、自分の祖母が明治27年だか28年だかの生まれなのを思い出した。

祖母は立て続けに病気で妻を亡くした祖父の3人目として嫁いで来たが、6年くらい子供が出来ず、やっと妊娠出産したときは30歳になっていたという。
その長男であるスットコじいちゃんが93歳なので、祖母は生きていれば123歳ということになる。

スットコばあちゃんの家系については昔からときどき聞かされてのでだいたいのことは知っているが、じいちゃんの家系については、祖父方のは知っているものの祖母方はよく知らない。徒歩で2時間ぐらいかかる他村から嫁いできたので、祖母側の身内や親族が身近にいなかったせいかも知れない。

祖母は8人兄妹の7番目だが実家は特に貧乏でもなく、人手もあったので他の子供のように学校にも行かず子守りをさせられていたということもなく、当時としては割合恵まれた子供時代を送っていたらしい。
食事は1人1人にお膳がついていてそれで食事をしていたことやら、おやつの黒砂糖を手の平に受けてなめながら遊んでいたことやら、そういう話は子供の頃に聞かされたことがあったが、今思うとその思い出話の中には祖母の両親のことが欠落していた。
兄妹の話は聞いたことがないが、末弟はまだ若い時分に独身のまま自死したということだけを聞いている。

じいちゃんに、「お祖母ちゃんの親が亡くなったとき、お祖母ちゃんはいくつだったの?」と聞いたが、よく覚えていないようだった。
じいちゃんが戦争に行ってる間、祖母のところには実家の母親から時々手紙が来ていたという。「俺の母親は8人兄妹の7番目だからその親も年をとっていたと思うが、それでも字は書けたし手紙も書いていた。あの頃の年寄りは字も書けないのが当たり前だったんだ」

祖母は生きていれば123歳で、8人兄妹の7番目で、かつ祖母の母親は字が書けて手紙も書けた。
ということでねこママはふと、野口英世の母のシカさんの手紙を思い出した。祖母の母親の手紙もあんなものに近かったのではなかろうか。

こうやって、読みさしではあるが「100年前の女の子」の本を前に、ねこママはいろいろなことを思い出したり考えたりしている。
ちなみにこの女の子は生れ落ちた数日後に母親の元から離されて、生涯「母欠落」と「母恋い」の部分を抱えて生きてきた方である。


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by nekotamamako323 | 2017-06-20 12:15 | う~~~~む | Comments(0)

意見書 の続き

あと思い出したのだが、Dr.に「認知症はありますか?」と聞かれた。

それでじいちゃんの行動をつくづく考えてみると、歯医者の予約だの市立病院の予約だのを入れておいて、自分でカレンダーにもつけているはずなのに当日はケロリと忘れて向こうから電話がかかってくる、ということが去年あたりから増えてきた。

また、こっちはちゃんと確かに言ったのにじいさんは覚えていない、というようなトラブルも少しずつだが出てきているし、本人以外に誰がやるのさ??みたいなことも怒気を含んだ表情で「俺はやってないっ」と言い張るし、しかし認知症のなりかけかというとまた違うような気がする。
それで、Dr.には上記のようなことは「確かにある」と伝えた。

「でも病院から電話が来ると予約を入れてたことを思い出すし、『俺はやってない!俺じゃない!』みたいなことがあってもこっちがきちんと説明すると、首を傾げてその時のことをじっと思い出そうとしているから、そういうのを見ると認知症とはまた違うなと思うんですけど」

言いながら、何年も前のことだが正月出勤するねこママが「行ってくるよ」と声をかけた時、おとなしく炬燵にあたっているばあちゃんにフッと異変を感じて不安になったことを思い出した。その数ヶ月前の秋頃から、とにかくばあちゃんに対して理由のわからないフッとした不安がよぎるということが二回ほどあり、結局その不安は当たっていたのだけど、当時のばあちゃんには動作や行動に気になるような異状もなかった。
しかし、ねこママがそれには気づかなかっただけで、ばあちゃんの内部では何かが起こっていたのかもしれない。

ちなみにじいさんにこのフッとした不安を感じるかというと、「ノー」です。
普通に年齢相当に衰えていっている気がします。道に迷うということもありません。おかしな感じは受けません。

としか言いようがないのよね〜〜。

むしろ、ねこママの方がストレスで先にボケそうですよ。


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by nekotamamako323 | 2017-06-18 12:49 | う~~~~む | Comments(0)

行方不明の

昨日、ネットの地域ニュースで、ねこママの行きつけのスーパーのすぐそばの川あたりで、小学生の男の子が日曜日の朝から行方不明になっているという記事を読んだ。さらに、あちこちにパトカーも巡回している。

ママ友に「その後の進展はどうなってるかな?」と聞くと、ねこママ達の子供らが通っていた小学校の児童らしいという。年齢は10歳。広報メールで、着ていた服や持ち物、体型などはわかっているが行方については情報が入ってきていないという。

ねこママが、「それはともかくその男の子が来ている服のセンス、なんかおかしくない?」と言うと、ママ友が、「去年、あの川にかかる橋の上から、男の子が近くの団地の花壇から何度も花をとってきては川に投げ捨てている情景を見た」と言い出した。

「やめるようにと注意したんだけど、『うるさーい!!あっち行って!!あっち行って!!!うわあああああ!!!』といった調子で、もしかして支援学級の子かな?と思った。2日後にその子がお父さんらしい人と一緒にいるのを見かけたから、お父さんに話したら、『うちの子はやっと外へ出られるようになったから、自由にやりたいことをやらせているんです。ほっといて下さい』だって。それで、いくらやりたいことをやらせると言っても悪いことは悪いと教えなければダメでしょう、と言い返したけど聞く耳持たなかった」

「じゃあその子がそのいなくなった男の子、って可能性はあるね」「わからないけどね」「いなくなったのが日曜日なのに、首からカギをぶら下げていたってのはおかしくない?」「ほんとだ!!確かに!!」

それからねこママはダンナが翌日早番なので寝てしまったが、今朝4時半に起きたらLINEが入っていて、くだんのママ友から「見つかったよ」という知らせだった。「(東京の)N警察署で保護されていたって。娘がどっから手に入れたのか画像を送って来たけど、私が去年見たその子だと思う。川に興味があったみたいだから、川沿いにずっと歩いてったのかもね」

すげ〜健脚。

それでねこママも検索して、その子が見つかると同時に停止したらしきFacebookからその子の画像を見たのだが(母親が拡散を希望していたらしい)、確かにママ友が見て感じた(支援学級在籍?)とおぼしき感じの男の子であった。行方不明になったのとは違う服装であったが、どうしても「????」となるセンス。上はしっかり横ジマ柄なのに下はチェックの半ズボン。本当に不思議だ。普通はどっちかを無地にするもんじゃないの???

「とにかく見つかってよかったね。人や警察を巻き込んだんだし、これで親もやりたいようにやらせたらダメだ、と反省するんじゃない?」と言ったら、去年口論になった父親の態度がまだ腹に据えかねているらしく、「わかんないけどね」と不信感あふれる返事。

うん、わかんないけどさ、それでも親の子に対する思いを信じたいじゃん。


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by nekotamamako323 | 2017-06-13 13:12 | う~~~~む | Comments(0)

今朝の新聞から

今朝の読売新聞「四季」で、平安時代末期の歌人、寂然の歌を紹介していた。

ひぐらしの鳴く片山のならの葉に風うちそよぐ夏のゆふぐれ

今は5月である。
季節的に合わない気もするが、ねこママがちょっと感動したのは、そんな大昔の歌でありながら現代の歌だといっても全く疑いもない、万世不易的な真理が込められているように感じたからだ。

もしかして人類がこの世界からいなくなっても、相変わらずひぐらしは鳴くかもしれないし、片山の楢の葉は風にうちそよぐのかもしれない。と、そういうことを考えたらなんだか諸行無常の感にも陥るし、人間は「無」から来て「無」に還るのだなあ、という気もしてくる。

さて韓国の新大統領、朴氏と同じように実は反日ではないのだそうだ。ただ反日の世論を背中に背負っていかなければならないので、まことにご苦労様なことです。


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by nekotamamako323 | 2017-05-11 11:55 | う~~~~む | Comments(0)

手話について

日本手話と日本語対応手話の違いについて述べた本を読んでいる。というのも、日本手話を使う聾者にこちらの手話が果たして通じているのかどうか、心もとない面があるから。

「明日、ハワイに行くんだ」をねこママが手話で「日本手話ふうに」表す場合、(なに、実際に行くわけではありませんけどね。そんなカネはない)

「明日 ハワイ 行く(飛行機の手話) 私」

だが、小学校低学年で失聴してろう学校に転入したHさんは、

「ハワイ 行く 私 明日」

だという。そこがよくわからない。日付けは最後だとHさんは言うが、なんで???
しかし、小学校低学年時とはいえ中途失聴なので、Hさんの手話も生まれつきのろう者の手話とはまた少し違うらしく、どう違うのかうまく説明しにくいようだ。

また、本では
「北海道なのに暑い!」の場合、対応手話だと

「北海道 なのに(でも・しかし) 暑い」

だが、日本手話だと

「北海道 涼しい よい 暑い」

となり、「よい」が「涼しい」と「暑い」を結ぶ接続詞になるのだそうだ。そこのところがよくわからないというか、感覚的に理解しにくい。
「だから最初っから対応手話でなく日本手話から始めた方が、その後に対応手話にスムーズにいきやすいらしいよ。逆に対応手話から始めてから、日本手話に移行するのは非常に困難なんだって」とK原さんに言うと、「聾者の世界に入らないと(覚えるのは)難しいねえ・・・」という返事。「手話通訳者はどうやって日本手話を身につけるんだろう?」

それはサークルだったり手話講習会だったりするのだろうが(ちなみに手話講習会は通訳士を目指す人のための講習会で、聴覚障害者は対象外)、対応手話を使う難聴者が日本手話を身につける場はなかなかない。

K原さんが通っているサークルは聾者の講師が教えているが、それでも日本手話でなく対応手話になりがちだという。昔ねこママが通っていたサークルもそんなもんだった。一見、手話に慣れない難聴者に聾者が迎合しているような感じもあるが、本当の日本手話を難聴者に教える意味があるのかというとまた違うのかもしれない。

そして、難聴者同士や手話を使う健聴者とのコミュニケーションのためには対応手話だけで十分だし、日本手話を使用する聾者とコミュニケーションをはからなければならないという機会はねこママにはない。
同じ市に住む聾者とのコミュニケーションは日常会話程度ならなんとかなるが、話し込もうとすると話の内容が結局あちらからの一方的な「社会差別論」にいきがちなので、正直「ダミだこりゃ」という感じになるのは否めない。気軽にお喋りしたいというねこママの感覚と合わないのだから、今のところ、日本手話を覚える必要性がないようなものだ。

それでもなんとか日本手話の感覚を掴みたい、という気持ちは、手話を使う難聴者なら誰でも持っているものなのかもしれない。


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by nekotamamako323 | 2017-04-18 08:49 | う~~~~む | Comments(0)

緘黙症のこと

c0077465_12551066.jpg図書館でなにげなく手にとった本。ぱらぱらと立ち読みして、緘黙症という症状に非常に思い当たることがあったので借りてきた。

もちろん、ねこママではないですよ。笑
中学の同級生で、一度も同じクラスになったことはないがあまりにも緘黙なためある意味で有名人だったU子のことだ。

小学校6年生のときに、ねこママたちいくつかの分校の生徒と町の本校の生徒たちが合同で修学旅行をした。
旅館も一緒なので、他の分校や本校の生徒たちとはすぐに仲良くなったが、あるとき、本校の誰だったかが1人の同じ本校の女の子を睨むように見て、ねこママに「あのコ、全然喋らないんだよ!」と囁いた。

「喋れないの?」

「・・・喋れるんだけど・・・喋らないんだよ」

「なんで?」

「わからない」

耳は聞こえているという。

聞こえるのに喋らない。その意味が全くわからぬまま修学旅行は終わり、じきにそのことを忘れた。
中学生になって、そのコの顔を見て思い出したが、クラスが違うので気にしなかった。

一年生の頃はまだ小学校の延長なので、休み時間になるとみんなで体育館に駈けていって、馬乗りだの押しくらまんじゅうだのをやって賑やかに遊んだが、そのコはいつもうつむきながら1人で体育館に行き、1人で壁を背にこわばった表情で何を見るともなくただ黙って立っているのであった。卒業までの3年間、そんな調子だったようだ。

よく見ると目鼻立ちは整っているし、眼は大きくて睫毛も長い。つやつやとした綺麗な髪を当時は誰もやらないおかっぱ風に切りそろえて、(そういえば、髪が長く伸びていた、とかぼさぼさだったとかいうことはなく、定期的にカットをしているようだった)陰で「クレオパトラ」と揶揄されていた。

中三の修学旅行で、クラスは違うがバスが一緒だったので、ねこママはちょっと声を掛けて仲良くなってみようと思い、U子を窓際に座らせてその隣りに自分が座り、いつもねこママとくっついていた親友のK子には申し訳ないが補助椅子に座ってもらった。
そこで外の景色を見ながらいろいろと話しかけてみたのだが、うつむいたまま、ものすごくちっちゃい声で「ええ・・・・」「ええ・・・・」としか言わない。

ねこママはいくらも経たずに仲良くしようと思ったことを後悔し、その後の記憶はないのだが、あとで「だからあのコは無理だってば」とあれこれ言われたように思う。
大昔のことなので、断片的な記憶しかございません。笑
高校生になってから、道でバッタリとU子に会って声を掛けられて少しお喋りした、と友達に聞かされて、天地がひっくり返るほどびっくりしたねこママです。

中学を出て進学せずに富山の紡績工場に就職したという話は聞いていたが、そこで性格が変わったのか???と頭にいくつもの?マークをつけていたら、そうではなくてもともと学校では全く喋らなくて、でも家や学校の外では喋るんだよ、という。
が、学校での様子とあまりに落差があるのでやっぱり違和感はあるらしく、U子を小学校のときから知っているその友達も苦い表情をしていた。

・・・というようなことを、本を読みながらつぎつぎと思い出している。今思うと、U子は「場面緘黙症」というようなものだったのだろう。
今はどうしているんだろう。幸せに暮らしているのかしら・・・。


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by nekotamamako323 | 2017-04-13 13:35 | う~~~~む | Comments(0)