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年賀状

今年も年賀状を書くシーズンになった。

先日のスレに書いたように今年はむやみに喪中のハガキが届いた。
なのでスットコじいちゃんの分はいつになく少ない。

知り合った人やたらに年賀状を書くので、「いい加減にすれば!」と怒ってばかりいた昔が嘘みたい。
どれだけ書かなくてもいい相手に書いていたかというと、まず、
同郷の年下の友人の息子の上司
なんてのにまで出す。
たまたま郷土の会でたまたま顔を合わせてたまたま名刺をもらった、というそれだけで、
同郷の年下の友人の息子の上司
なんぞに毎年毎年年賀状を出すのだから恐れ入ります。

もちろん、顔を合わせたのはその郷土会のときの一回きりで、電話も手紙のやり取りもしていない。一期一会とはいうものの、仕事も違うし環境も違うし年齢も違うし交流も一切ない。そんなのに出してもしょうがなかろうに、と毎年思っていた。

これは数年前に、相手の方から「高齢につき年賀状はご遠慮させて戴きます」という印刷の挨拶状が来て、それきりになった。
高齢といってもじいさんよりは結構年下で当時70代後半だったと思うが、元々の職業柄から多数の年賀状を用意せねばならずしんどくなったということもあるのだろう。

「こういう年齢の人から年賀状を廃止するようになるんだから、じいさんもいい加減に減らした方がいいんじゃないの」と苦言を呈したが、ぜんぜんいうこと聞きゃしませんの。でもって、亡くなったばあちゃんの叔母の養子の子供(ねこママと同い年だというのは知っているが顔も見たことない)なんてのにまで出す。
「ばあさんが書かないから俺が書くんだ」というようなことを言っていたことがあったが、ばあちゃんのその叔母もとうに亡くなり、ばあちゃんも亡くなったとなればそこで終わりにしたらいいのである。

が、いっかな終わりにしようとしない。あまつさえ、新潟にいた頃の「寄り合い」のグループにまで出す。「寄り合い」というのは、いわゆる「隣組」ですねん。もちろん親戚でも何でもなくただの他人である。新潟を出て何年になるってんだよ、いったい。

さすがにねこママもちゃんと話をせねばという気になって、「じいさんが亡くなった場合、うちは『寄り合い』の家とはもう無関係だからね?」と念を押すと、「それは構わないが、K家とのやり取りは続けてくれという。
「なんで???親戚でもなんでもないのに何で???じいさんの友達でもないのになんで???」
と脳内「?」だらけにして聞いたら、死んだばあちゃんの弟嫁の実家だからですってさ。

いい加減にシロ!

血の繋がった叔母の実家ならねこママの祖父母の家だってことになるが、義理の叔母の実家になんでねこママが年賀状を書き続けにゃあかんのよ。と、またもや怒ったねこママです・・・。

やれやれだああああああ。

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by nekotamamako323 | 2017-11-30 22:04 | ふんとにもぉッ | Comments(0)

なんだそりゃ

「日馬富士関と貴乃岩関をふたたびこの土俵に上げてあげたいなと思います」

なんだそりゃ。

二人が土俵に上がれるか否かというのは白鵬の裁量によるものなのか?
「日馬富士関と貴乃岩関がふたたびこの土俵に上がれることを祈ります」とか言えよ。

やっぱり前人未到の40連勝を果たしたともなると、驕りとは言わないがそういう上から目線の言い方を無意識にしちゃうんだなあ・・・と感じる。


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by nekotamamako323 | 2017-11-27 08:42 | えええええ~~~! | Comments(0)

後日談

それでそのHのことでは後日談がある。

ねこママが高校二年生のときだが、あるとき同じ分校出身のS子に声を掛けられて、「M子がHの小さいときの写真が欲しいというんだけど、ママコ持ってる?」という。「うちは親戚でも何でもないから持ってないし、困った」

学年一の美人のM子がなんでHの写真が欲しいのかと聞くと、「あの二人は最近つきあい始めた」という。「本人からもらえばいいじゃんよ」と言うとそれは恥ずかしいみたいだと言うので、なんで恥ずかしいんだバカバカしいと思いつつ家に帰ってアルバムをあさって、ねこママとHが各自の母親の膝に抱かれて並んで写っているのを一枚だけ剥がした。
それぞれが4歳と3歳当時の写真で、ねこママはいかにもねこママだがHもいかにもHである。意味わからんな。笑

それをS子に渡した・・・と思っていたのだが、数年前にアルバムを何気なく見直していたら、S子に渡したはずのその写真があるのを見つけた。まあ、そのときのねこママの心境は、「?????」以外の何ものでもなかったです。(^^;
あの当時、渡したつもりでいたのが渡してなかったということなのか???もはや記憶がない。

写真の中で硬質な感じの美人顔である母親の膝にちょこんと座っているHは、大きな眼でどこを見ているのか知らないが両頬にえくぼを乗せて楽しげに笑っており、ねこママはといえば不機嫌な顔つき。まさかこのときも直前まで喧嘩していたわけでもなかろうが、確かに剥がしてS子に渡したと思っていたのに、いったい何なんだろうね。記憶というのもじつにいい加減なものだ。

しかし、今思えば写真がM子の手に渡らなくてよかった。もし渡っていれば、H以外の男と結婚・離婚を繰り返したM子がいつまでも持っているわけもなく写真は失われるところだった。
Hに恋愛感情は全くないが、亡くなったと知らされた今、思い出としてはいい思い出でもあったし写真が残っていてよかったよなあ、と思うねこママです。
どうぞ、安らかに!心から祈ります。


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by nekotamamako323 | 2017-11-26 14:13 | ひとりごと | Comments(0)

1枚の喪中ハガキから

今年はいつになく喪中のハガキが来る。もういい加減これで来ないだろう、と思うとまた来る。

その中に、ねこママんちの本家筋からのハガキがあって、そこの次男坊であるO氏からであった。
ご母堂かお姑さんでも亡くなったのかな?と思って読んでみたら、O氏の弟のHくんが今年の6月に亡くなったので云々とある。
びっくりした。

Hは(『くん』付けをしてもしょうがないので呼び捨てにしちゃうが)男3人兄弟の末弟で、確か教職にある女性と結婚して埼玉のどこだかに住んでいたと思うのだが、付き合いもないので詳しくは知らない。ご母堂はまだ存命で長兄と暮らしている。
幼なじみのY子に「Hくん亡くなっていたよ。知ってた?」とメールすると、しばらく経って「ビックリ。ショック」と返ってきた。

HとねこママとY子が田舎の学校でそれぞれ6年生、5年生、4年生のときのこと、なにしろ分校なので学校中みんなが顔見知りの関係である。そんな中でHはY子のことが好きだったらしく、しょっちゅうちょっかいをかけては追い回していた。

Y子は人形のように可愛い顔立ちの美少女だったし、HはHで背が高くすらりとしていて眼も大きく鼻筋も通っているという容姿だったので(ついでに言うなら母親が硬質な感じの女優のような美人)追いかけたり追いかけられたりの場面は結構見ものだった。
一番の見ものは、Hのことが好きな6年生の女子が何人かいて、笑いながらHから逃げているY子を憎たらしそうに見ているという光景だったかも。意地が悪いな。笑

ちなみにねこママはHのことをどう思っていたのかって?
全然なんとも思っておりませんでした。
ていうか運悪く体育用具を収納する部屋の掃除当番をHとやるハメになったときはンゲ〜と思ったし、雑巾の干し方がどうのこうのでもって箒で殴り合いの喧嘩をする始末だった。あまりにドタバタとやかましいので「何やってんだ」と他の生徒が覗きに来るようなこともあったし、恋心なんてもんはゼロでした。

Hがハシカだか水疱瘡だかで数日休んで、ねこママ1人で掃除するときはさすがに(寂しいな・・・)と思ったが、病い癒えて登校してきたHと掃除のときにまたぞろ喧嘩・・・。よっぽどウマが合わなかったんだろう。笑

ねこママがまだ学校へ上がる前のちっちゃかった頃に家を改築することになり、新しい家が出来上がるまで家族でHの家で寝泊まりしていたので(本家なので部屋数はたくさんある)二人でよく遊んでいたが、そのせいで近親感みたいなものが固定しちゃったのかも知れない。それと、Hは性格がジャイアンみたいなところもあったのですね。気の強いねこママと合うわけがない。笑

Y子が「ショック」と言ってきたので、Y子はY子でHにふざけて追い回されていた当時のことを懐かしむ気持ちもあるんだろうなあ・・・としみじみと思い、遠い遠い過ぎ去った日々を思い出している今日のねこママです。


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by nekotamamako323 | 2017-11-25 15:37 | う~~~~む | Comments(0)

結婚式

やっとスットコ娘の結婚式終わった。
すでに一年前に入籍して東京で同居していてはいたものの、結婚式というのはやはり特別なイベントであるなあと思う。それまでは「いつでも帰ってくる自分の娘」みたいな気でいたものの、完全に自分の手から離れて遠くに行ってしまったような寂しさを感じる。
・・・まあ、仕方ないか。大学に入学して、同じクラスになってからずっと娘のことを想ってくれていたKくんには感謝の気持ちしかないです。ハネムーン旅行はシンガポール。二人とも幸せに!
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by nekotamamako323 | 2017-11-21 22:17 | う~~~~む | Comments(0)

アウターを新調

ヒートケットのおかげで、夜中も朝方もものすごく暖かい。
あまりに暖かいので、朝起きるときに「エイヤッ!」と布団をはぐとびっくりするほど寒い。冷気が肌を刺す感じ。
初めて、「世間様はこんなに寒かったのか?」と驚いてしまう。

スットコ娘の誕生日が10月の終わりだったので娘にも1枚買い、「Kくん(娘婿ですね)にも誕生日に買ってあげるね」と言ったが、彼の誕生日は真夏である。嫌がらせかしら。笑

そんなわけであんまり寒いので冬物のアウターを出そうとしたら、洋服ダンスの中に1枚もない!!押し入れを改造した収納スペースを見たが、そこにもない。
さては・・・捨てた???
いらない物は捨てた覚えはあるが、いる物まで捨てた記憶はあるようなないような???確か「何年も着てるし飽きたから捨てちゃおう、また次の冬に新しく買えばいい」ということを考えた記憶があるようなないような???

c0077465_09521954.jpgというわけで買ってきたのがこれです。
ついでに中のインナーも2枚購入。
ダンナにお値段聞かれたら攻撃するつもりではあったが、別に何も言わずに頷くだけだったので切歯扼腕。⬅なんでそんなに喧嘩したいのだ。

ちなみにこのイエローグリーンの色合い、ねこママは初めてである。冬のアウターはだいたい黒茶グレーのいずれかと決めていたが、たまたまイエローグリーンのを試着したら意外と悪くなかった。それで別色も試着してみて、店員さんにどれがいいかと聞いてみたら即座にこの色を指差したので買いました。

ていうかいつも好んで着ていた茶色がやけに地味に感じられるというのは、着る人間が茶色いお年になっちゃってるからではないかしら。早く言えば老人化ですね。老人ではないですが。笑

ここまで書いて、小学校の時の学芸会で全員がオレンジや赤の暖色系のセーターを着て踊っていたのに、ねこママだけ母の気まぐれでイエローグリーンのセーターを着せられて悪目立ちしていたのを思い出した。あのときは先生も皆も非常に褒めてくれて嬉しかったな・・・・

ま、そんなこんなをいろいろと思い出したりする初冬の一日であります。


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by nekotamamako323 | 2017-11-17 10:29 | うふっ | Comments(0)

某クリニックに行った

最近頻尿でさ、トイレ行ってもまたすぐトイレ行きたくなるし、やたらとおなかがしぶってしぶってしんどいから昨日電車とバスを乗り継いでK市の市立病院へ行って来たの。5年ぐらい前まであそこに定期的に通ってたしカルテもまだあるはずだから。そしたら運悪く、予約の患者しか受けつけない日だとかでしかたなくまたバスと電車を乗り継いで帰ってきて、S加駅の向こうにある某クリニックに行ったわけ。

初めての医院だけどGooglでもって場所はわかってたから。で、そこに行ったら時間は11時15分ぐらいだったんだけど受付に言われたの。
「まだあと20人ぐらい待っているので4時頃になりますが」と。もっとも待合室には3人ぐらいしかいなかったんだけど、ネットの病院のレビューでは、「とても丁寧に見てくれて、いい病院」だというのと「ものすごく待ち時間が長い!!」というのと極端だったのはわかっていたので、「これか」と思って「じゃあいったんうちへ帰ってきます」と言って初診票を書いて提出して、受付だけしてもらって帰った。

それからお昼御飯食べたり洗濯物取り込んだりしてたら雨が降ってきたんで、夕方の傘差しチャリはまずいだろうから歩いて早めに行った。早足で歩いて20分くらい。普通の人だったらもっとかかると思うけど、ねこママは大股でガッパガッパと歩くから友達に「早い!」と怒られることがよくあるのね。

でクリニックに着いたらまた受付の人が、「1時間ぐらい遅れます」と申し訳なさそうに言う。ダンナも遅番だから帰りは夜中だし、じいさんは夜は酒とつまみ程度しか口にしないから慌てることもない。「大丈夫ですよ」と言ってソファに腰を下ろした。そっから延々延々と待つこと1時間半。医療関係のパンフレットとうちでとってる読売新聞とあとはスポーツ新聞以外は読むものもないし、尿意はあるし(採尿があるはずだから懸命にこらえてる)ブチキレそうになるのをこらえてぶち切れて、ソファに座ったまんま、
「まだですかあ!💢」と叫んだら、爽やかに「次ですぅ!」と言う。

その「次です」の後がま〜た長いのよ・・・。

ソファはガラガラではあるが、いくつかの部屋から時間をおいて患者が出てきては会計して帰っていくので、ガラガラのようなれども暇してるわけではないらしい。
やっと呼ばれてヨロヨロヘレヘレと診察室に入っていくと、初診票を見ながらあれやこれやの質問があって、CTスキャンを撮りますと言う。え?え?え?どうしたって膀胱炎でしょ?と思うのだが、仕方なく受けて(それがま〜たえらく丁寧というか何度も何度も同じ所をこすりながら調べている。腹の両側をぎゅっと押して痛いかどうかを訊き、次にぱっと放してまた痛いかどうかを聞いてくる。押されると痛いが離されると痛くはありませぬ。


等々あって、今度はレントゲンを撮ります>と言う。なにか病気が隠れているとでもっ!?と言いたかったが疲れてきたのでおとなしく言う通りにしてレントゲン室のベッド(?)に横たわる。でもって先生が来るまでにま〜たえらく長いんですのよ・・・。半分寝てしまった。
やっと来たら、「1回目は5秒、2回目は25秒、息を吸って止めて下さい」とおっしゃる。もうねえ、息を吸うどころか
血でも吸って活力をつけたいくらいくたびれちゃってんですけど。でもって聞こえないから、息を吸って止めるというタイミングがわかんね〜。
それで話し合って、手を上げて合図をしたら息を吸って止める、というのを決めたはいいが、ねこママ肺活量が弱いんで25秒のときは死ぬかと思った、ばれないようにすこ〜〜〜〜しずつ息を漏らしました。(==;)


それからやっと採尿してホッとして待合室に戻り、またグダ〜〜〜〜と待ってやっと呼ばれて、レントゲン写真を見ながら「膵臓はどうの脾臓はどうの胆嚢はどうの肝臓は少し脂肪肝があり腎臓は両方に小さい石がある。これは食事のときに水分を沢山とれば排出されます。あと尿膜はどうのこうの(もはや記憶なし)あって、結局は
膀胱炎
ですと。
すぐ隣りが薬局なのでそこでやっと薬を出してもらったが、いやもう疲れた。他の医院であれば、採尿して「菌があります。膀胱炎です」ですむんだけどねええ。

・・・というような話を近所の同い年の奥さんに語って聞かせ(こんなに息つく間もなく長々と喋ったわけではないですよ)「まあ、いい体験だった」でシメました。

どこが???(==;)

ちなみに薬は5日分をきっちりと飲み切り、治らなかったら再来院、治っても2週間後にまた来てもらって潜血検査をします、と。潜血反応(±)があるのは昔っからだが腎臓に石があるせいかも知れないという。ま〜〜〜た待たされるのかと思うと今から気が滅入りますざます。

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by nekotamamako323 | 2017-11-16 08:59 | ひゃああああ | Comments(0)

ふと思い出して

なにげなく、芸能人が自分の学校時代の友人や先輩の思い出を語る番組を見ていた。

とある芸能人(女優でモデルでバラエティタレント)の思い出の同級生(♂)が出てきて、その芸能人と共通の先輩の店にテレビカメラを連れて行った。

店先に出てきたその先輩とやらの顔を見た途端、見たような?名前に覚えがあるような?というデジャビュの感覚に捉われた。
すぐに思い出して、一緒にテレビに見入っているじいさまに「M美の別れたダンナだよ」と言うと、んんんんん??という表情をして身を乗り出したが、覚えているかしらん。(^^;
あ、M美というのはねこママの姉貴の娘ですね。つまり姪だ。

まあ、この男のせいでM美は精神を病んでしまって入退院を繰り返していたが、最終的には医者の「ご主人と別れなければ治らない!」が足がかりになって離婚し、現在は症状も軽くなって普通に働けている。
精神を病んだと言ってもDVはいっさいなく、ただものすごく口うるさいというだけだった。らしい。しかも姑がそれを上回る口うるささで、いやもう
同居してなかっただけまだマシ。話を聞くだけでねこママも精神おかしくなりそう。

というのもねこママの母親がまさにそういうタイプで、正直、精神がズタボロになりかかったときもありました。M美の場合はそのうるさいのが二人いたわけで、その苦痛はねこママの比なんかではなかったろうと思う。

まあ、過ぎ去った話です。
ちなみに今月の19日はばあちゃんの3回忌。


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by nekotamamako323 | 2017-11-12 14:23 | う~~~~む | Comments(2)

行きつけのスーパーのサッカー台で買った品物を袋に詰めていたら、誰かが腕をツンツンしてくる。

誰や?と見ると、あら懐かしや、ピアノ講師のHさんであった。
いえ、ねこママ、ピアノを習っていたわけでもないし娘に習わせていたわけでもない。ただ、独身時代に住んでいた家の三軒隣りがHさんの家だった、というだけ。

お互いに結婚してそのまま同じ市内に住んで、子供らの学校も小・中と同じではあるが、学年が違うのでママ友というのとは違う。しかし、長く顔を見なくても会えば話をするし、病院でバッタリ会えば待合室だというのにどっちかが呼ばれるまで長話をしていたりする。

あちらはねこママより早く結婚して子供を産んだので、当然ながら孫もいる。
その孫を自転車に乗せているのを見かけると、(Hさんもおばあちゃんなんだなあ・・・)と不思議な思いになる。なに、ねこママも孫がいるべき(?)年には違いないのだが、若い頃から知っている人達が次々に孫が出来て「おばあちゃん」になっていくのを見ると、なんかフシギな気分になるんですね〜〜〜。

でもって、その日のHさんとの会話はスーパーのサッカー台という場所にも関わらず、もっぱら血圧と脳溢血の話であった。なんじゃそりゃ。
しかし、彼女の高血圧は45歳頃からだというので、ねこママは思わず「勝った!!」と思いましたね。だって、ねこママがそれくらいの頃はまだ110台で、高血圧にはほど遠かったですもん。

まあ今じゃ二人とも1日1回、朝食後に血圧降下薬を飲んでいるという点では同じなんですけども(^^;。この勝負(?)、はたしてねこママは勝っているのか負けているのか。笑

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by nekotamamako323 | 2017-11-07 21:09 | うふっ | Comments(0)

意地悪

ねこママは意地悪なので、時々こうやってダンナの弁当をスットコ娘に写メして差し上げている。
そのつど娘から
「おうち帰るぅ〜〜〜😭」
だの
「お母さんのおべんとが食べた〜〜い!!😭」
だのと泣きのメールが来るのがカ・イ・カ・ン❤(薬師丸ひろ子かよ)なのねん。
さ〜て明日は何の弁当にしよっかな〜〜。

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by nekotamamako323 | 2017-11-03 20:28 | うふっ | Comments(0)