カテゴリ:あ~あ・・・( 234 )

c0077465_07390662.jpgじいさんのことでいろいろと疲れ中。

画像はスットコ娘の上海みやげとか母の日のプレゼントとか、画像には入っていないが父の日のプレゼントとか。
お気に入りは右下のボウル型の食器。
自分、こういうものが好きだったんだなあ・・・としみじみ嬉しい。

それにしても、老人に少しずつ人生を終わらせていただくのって難しい。
ばあさんの場合はボケていてほとんどわからないような状態だったので、家族もあまり悩むこともなく静かに終焉を迎えてもらったが、じいさんはボケてはいない分、生きよう、生きたいという意欲があって、それが家族の悩みになっている。

いくら生きたくても、五臓六腑はその動きを少しずつ終わらせつつあるのだけど・・・。

本人が緩和ケアを希望せず何としてでも生きたければ、その結果は心不全か誤嚥性肺炎か、あるいは多臓器不全か。

どうする???

と、じいさん本人に聞きづらいのでただただ悩むねこママの昨今です。


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by nekotamamako323 | 2018-07-21 07:53 | あ~あ・・・ | Comments(0)

ヒデキ、ショック

西城秀樹氏死去。何とも言えない気持ちだ・・・。

「恋する季節」で最初にTVで見たときは、ずいぶん図体の大きな歌手だなあぐらいの印象しかなかった。それまでの男性アイドルというのは170センチに満たないようなのがまだまだ多く、そこへいきなり180センチになんなんとする者が現れたので、絵面的に見慣れないというかなんというか。

昭和30年生まれだというが、絶対ウソだと思っていた。新御三家と呼ばれていた他のメンバー、野口五郎氏や郷ひろみクンなどは年齢相当に見えていたが、西城氏はなんだかシワが多く、もっと上の年齢だと思っていた。
そのシワが中年になっても「若いときとあまり変わらない」的な雰囲気を醸し出しているので、それもまんざら悪いことでもなかったのかも知れないなあ・・・と思っていた矢先に死去したというニュース。

最初は「三度目の脳梗塞に見舞われたのか」と思っていたらまさかの急性心不全。本当に何とも言えずやりきれない気持ち。
別にファンというのでもなかったが、スティビー・ワンダーの作詞作曲による「愛の園」(⬅リンクはこちら)はとても好きだった。確か、スティビー本人が「ヒデキ・サイジョウに歌ってほしい」と言って自ら作詞作曲したという話で、シャウト系ばかりでなくこういう歌もたくさん歌えばいいのにな、とも思っていた。

性格がよかったのかあまり悪い話もきかなかったように思う。遠い日の自分の思い出がひとつ消えたな・・・と、胸が痛いような心持ちでいる今日のねこママである。






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by nekotamamako323 | 2018-05-18 14:03 | あ~あ・・・ | Comments(0)

続き

しばらくしてイトコからLINEに返信あり、「うちの実家もよくわからない写真がたくさんあって、整理しきれないから気持ちだけもらってアルバムは遠慮したい」と言ってきた。「私も自分の家にある写真を何とかしたいんだけど・・・悩んでる」

それでお互い写真類の断捨離やビデオテープの処理などについても話をしたが、自分の子供たちの写真などはよほどピンぼけでもない限り捨てられないし、パソコンに取り込んで保管することにしたとしても、現物そのものを捨てるのは気が引ける。

どうしようもないのだよね。

まさか、紙にプリントした写真がこんなにもお荷物なものになってしまうとは。


イトコからの返信をそのままじいさんに伝えると、さすがにアルバムを作るのはやめて考えている。
しかし、いくら考えても人様が不要だと言えば不要。うちだってばあちゃんの実家やら血のつながらない本家やらからそんなアルバムをもらったら困るし大大大大迷惑

考えてみると、亡きばあちゃんは「そんなものを送ったって送られるほうが迷惑する!」とねこママと同じような考え方をする人間だったが、じいちゃんはそうではない。「送れば向こうも喜ぶだろう」という、自己中心というかひとりよがりな行動が多いのである。
男と女の違いなのか、はたまたじいちゃんの考え方が特異なのか。

今日はなんだかとても疲れてしまった・・・。


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by nekotamamako323 | 2018-05-07 21:55 | あ~あ・・・ | Comments(0)

近況

「1枚の喪中ハガキから」(⬅リンクはこちら)で、幼なじみでひとつ上のHが亡くなっていたという話を書いた。

Hは三人兄弟の末っ子で、小学6年生まで母親と一つ布団に寝ていたというくらい可愛がられていた。もっとも気質は末っ子そのものではまったくなく、長男でも次男でも通用する感じではあったが。

とにかく末っ子ではあるので彼の母親にあたる「本家のおばあさん」のショックを考えると、なかなかお悔やみの言葉が言い出せない。
先日になって、新潟の叔母に続く義理叔父の死によって、自分を取り巻くさまざまの思い出の中から、少しずついろんな人達がこの世から消えていくという現実と、それによって自分自身がひたひたと寂しくなってくるということに気がついた。

そうすると、いったいなぜHはなぜそんな年で死ななければならなかったのだろう、という思いがふつふつと湧いてきて、ねこママはHの長兄のJ氏に宛てて遅ればせながらお悔やみの手紙を書いて投函した。
ねこママはJ氏とは年が離れているので遊んだ記憶もなく顔もうろ覚え、優しい性格でいつもニコニコ笑いながら接してくれていた次兄のO氏の方がむしろ馴染みがある。しかしJ氏には本家の跡取りだという責任感はあるだろうし、必ず返事をくれるという確信はあった。

数日後にメチャ達筆の返事がきて(習字の上手な家系であったのを思い出した)家族の様子、同居している母上の様子(元気でやっているらしい)、弟であるHの死因(飲んでいた薬が合わず肝機能が低下して、入院したときは劇症肝炎を引き起こしていて手当ての甲斐なく三週間後に亡くなったとのこと)が丁寧な筆致で書かれていた。
そうすると、あのジャイアンみたいだったHがそんなふうにして死んだのか・・・と思って、またぞろ子供の頃のいろんな記憶がフラッシュバックしてきてやるせなくなってきてしまった。

色黒ですらりとしていて眼がでかくて鼻筋が通っていたなあ・・・。上から目線でものを言いやがるのでムカつくことが多かったっけ。言い返して言い返される、言い返して言い返される。箒で叩くわ雑巾をぶつけるわの騒ぎになったこともあったっけ。もっと小さいときは喧嘩もせずに遊んでいたのになあ。とにかく活発で高飛車なやつだったが。
等々、いろんなことを思い出してしんみりしている今日この頃のねこママさんです。

画像は大学の西門あたりから駅の方向を眺めたところ。ああ、桜って今年もきれいなんだな・・・

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by nekotamamako323 | 2018-03-29 09:29 | あ~あ・・・ | Comments(0)

選挙

この日曜日は雨の中を早起きしてダンナの朝食と弁当を作り、いきなりやってきたスットコ息子に朝食を出し、じいさんの分もなんとか出して(すべて時間差でのことだからイヤになりまする)徒歩で選挙会場へ行って投票し、徒歩で反対方向にある駅まで行ってやっとこさ電車に乗った。そのまんまさいたま新都心まで行って某障害者団体の式典に出て、また雨の中を帰宅。ズブズブに疲れました。

ねこママの選挙区から出馬した人達の結果が知りたいが、どのチャンネルを回してもなかなかつかまらない。スットコ娘の塾仲間であるRくんパパはまたダメだったようだ。

ねこママんちのテレビはどういうわけか埼玉放送だけ受信状態が悪く、画面が荒れまくってまともに映らない。ママ友が画像をLINEで送ってくれて、「Rくんパパは落ちた。ギリギリになってからの立候補だから私も知らなかった!」と言う。
「前回の参議院議員選挙のときだって、Rくんパパが立候補するというから私たち集まって選挙対策の話し合いをしたのに、急にとりやめたんで結局ほかの候補者の応援に回ることになったんだから」

あ〜あれねえ。内定をとって時間ができたうちの娘にまで手伝いの要請が来たっけ。
でもってその候補者は落ちたけど、今回は奥さんの方が当選しちゃってるやん。

「Rくんパパも懲りないよね。ずっと県会議員のほうをやってればよかったのに。選挙なんてお金もかかるし、家族はどう思っているんだろうね」
「何千万とかかるんじゃないの」
「遺産が減る」
いや、まだ生きてんのに「遺産」てことはないでしょう。笑

ところで案の定だが希望の党は惨敗(?)であった。
小池さんの心根が表面に出ちゃった結果というか、鈍感なねこママだって不愉快というかイヤな気分になったくらいだからしょうがないです。
(女ってやっぱり愚かだなあ)と有権者に思わせちゃったところが一番ダメ。これが男だったら、同じ「愚か」と思われるにしても、女の場合「やっぱり女は・・・」うんぬんの言葉がつきがちなので、もうちょっと言動に注意して欲しかったなと思う。


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by nekotamamako323 | 2017-10-24 10:55 | あ~あ・・・ | Comments(0)

告別式終わった

(年下だけど)義姉の告別式が終わった。
無宗教だとかで、お寺も坊さんもお経も戒名もなしの自由葬。
そういうのがあったか、と思った。

義姉の最後のFacebookを見るとやりきれない。
誰の言葉か知らないが、

「嘆き悲しむ一日よりも

 明るく笑って喜ぶ一日」

とある・・・・。

絶対死なないからね!と言って入院したのにガンには勝てなかった、という娘のNちゃんの言葉に義兄は大泣き。参列者も泣いた。本当に仲のいい夫婦だったもんなあ。特に義姉は家庭的に恵まれた育ちではなかったので、より家庭を大切にしていたと思う。

いろいろと考えると気分が暗くなる。今はただ冥福を祈るのみです。


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by nekotamamako323 | 2017-08-17 11:25 | あ~あ・・・ | Comments(2)

今日のねこママ

ダンナの次兄の奥さんが亡くなってしまった。
余命2年を3年近くまで引き延ばして生きてきたが、とうとう真夜中に力尽きた。

54歳。

初めて顔を合わせたときはまだ22かそこら。
若くて明るくて人懐っこくて、可愛らしかった。
あの頃はねこママも若かったので死について考えることも全くなく、まさか年下である向こうが先に逝ってしまうなんて考えてもいなかった。

病に倒れてからは、ダンナの方が気を使ってあえてそれに触れることもできないでいたので、詳しいことはわからない。いったん退院して復職したものの、再度の入院。最後のFacebookは病室の窓とカーテンの画像を載せて停止している。

辛いねえ・・・・

やりきれない思いでいっぱいのねこママです。


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by nekotamamako323 | 2017-08-14 08:02 | あ~あ・・・ | Comments(0)

叔母のこと

ねこママが満で四歳になるやならずやの頃に自宅を改築した。その棟上げ式の屋根の上から餅まきの儀式を行うにあたって村中の人がわさわさと集まってきた。春先の3月ではあるが、奥越後なのでまだ雪がたくさん残っている。

ねこママも母親に連れられて外に出たが、小さくていかにも足手まといだというので、まだ独身だった叔母がおぶい紐を使って手慣れたふうにおんぶしてくれた。それで叔母の背中から餅まきの様子をながめていたはずなのだが、そこのところは記憶にない。
ねこママの幼なじみのY子も母親におぶわれているのを見た記憶はかすかにあり、その写真も残っている。

次の記憶はねこママが小学校の一年生か二年生か、この叔母が花嫁姿で町へお嫁に行く姿を見ている。ぽかんと見とれているねこママに叔母が声をかけた記憶はうっすらとあるが、遠い昔のことなので何を言われたのかは覚えていない。

それからは、町へ行くたびにこの叔母の家へ寄ったり遊んだり御飯を食べたり、時には泊まったりしてまるで自分の別宅みたいにして過ごした。これはねこママのイトコたちも同じで、さらに三人とも高校生になると冬の間だけ叔母の家に下宿した。
子供のいない夫婦だったのでよく面倒見てくれ、毎朝の弁当も作ってくれた。今思うと本当に面倒かけたし世話になったなあ・・・と思う。

三人とも学校を卒業してそれぞれ引っ越したり就職したりして少しずつ叔母とは疎遠になってきた。
ねこママが卒業から足掛け何年も経ってからダンナを連れて顔を出したら、叔母は玄関先に立っているねこママを見て、「ビックリした!」と口走り、もう一度「ビックリした・・・」と言った。
その眼が心なしか濡れていて、ねこママは初めて、顔も出さなかったことを悔やんだ。

それから毎年夏には顔を出すようにして叔母も子供を可愛がってくれたが、ダンナの休暇の関係や子供の部活の関係で、次第に帰郷しなくなった。
義母の23回忌に帰ったときに寄りたかったが、なにしろ日帰りでの慌ただしい帰郷、温泉ホテルでの会食が終わるとそのまま列車と新幹線を乗り継いで帰らねばならず、顔も見せられなかった。
結局、ねこママが叔母と最後に会ってからもう16年も顔を見せていないことになる。

その叔母の死を、結婚して今は千葉にいるイトコが知らせてきて、ねこママは遠い昔の記憶からの記憶を呼び覚まされた。
イトコも、「全然ご恩返しが出来なかった・・・」と嘆いたが、もう遅い。彼らも実家へ帰るときに寄ろうと思えば寄ることも出来たのに、ほとんど寄ることもしなかったというのだからもっと後悔の念はあるかも知れない。

ばあさんが亡くなったときとはまた別の後悔の念にねこママも苛まれている。
おばさん、ほんとにごめん・・・


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by nekotamamako323 | 2017-07-22 15:28 | あ~あ・・・ | Comments(0)

眠い!!!

c0077465_20143544.jpgここ数日、体の具合が悪い。
なんというのかともかく「具合が悪い」としか言いようがない。

脈拍も時々弱くなっているときがあるし、それは別に心配していないが(どうせ人は寿命が来たら死ぬ)具合が悪くて体が動かないというのは困る。
ねこママんちには、食事の支度においてはてんで役に立たない野郎が3人いるんです。

野郎がどんだけ役に立たないかというと、自分が食べる分においてはなんとかなるが、他の家族に食べさせるだけの料理力がない。おまけに洗い物はしない、洗濯はしない、片付け物もしない。
しないしないしないの役立たずと言ったら悪いが、日本の家庭科教育もまったくもってカタワなことをしてきたものだ。

なに、このカタワというのは2つの車輪のうちひとつがどっかに行っちゃってるというようなコトですよ。それを障害者に当てはめてうるせ〜ことは言ってこないでいただきたい。
ほんとにうるせ〜ヒトはうるさくて、今日のねこママは凶暴な気分なので力いっぱい蹴り倒してやりたくなる。

ま、とにかくそんなわけでねこママは行きつけの病院へ行って症状を話し、薬をもらってきた。
デパスではないが一応抗不安薬を。不安と緊張を取り除くというものだが、ねこママ、不安と緊張があるんですか???ストレスは相変わらずあることはあるんですけどおぉ。

寝る前に飲んだらいやもう強い眠気が押し寄せて押し寄せて、ダンナが帰宅してゴハン食べさせるまでは起きていないといけないのに眠くて体がふ〜らふら。あっちよろけこっちよろけして、やっとこさすることを終えて布団に入ったら大爆睡。
それで今朝は九時まで眠りこけたが、よく寝た!と思って起きたらやっぱりまだ眠い。眠いが今日も遅番のダンナの朝食作りと弁当作りをして洗濯もせねばならぬ。

今日のダン弁は塩ニンニクをもみこんで大豆の粉をまぶしたから揚げ、菊花かぶ、ワケギ入り卵焼きに竹輪の胡瓜詰め。

あ〜〜〜〜眠いんだってばよぉ・・・・・・。


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by nekotamamako323 | 2017-05-13 18:06 | あ~あ・・・ | Comments(0)

じいさんを施設に

c0077465_13030769.jpg鶏肉と大根を薄味で煮たもの
ほうれん草と小ネギ入り卵焼き
ほうれん草と胡瓜の胡麻和え
画面には出ていないが生野菜


彩りがぱっとしないけど、昼休みの時間がろくにとれず、うまいんだかうまくないんだかわからぬままにかき込んでいるというので、味つけも見栄えももうどうでもええわ、と思うことにしている。笑
シャトレーゼの糖質30%減のスイーツは結局のところ血糖値に何の影響もなかったので、たまには買うことにした。

ダンナの仕事は時間が不規則でどうしようもないので、帰宅が連日遅かったりすると、ねこママも寝るのが午前1時近くになってしまい、朝は起きられない。遅い帰宅の翌日は出勤も遅いと決まっているので普通ならねこママもゆっくりと寝ていられるはずなのだが、早起きのじいさんの朝食を作るために早く起きるのはキツい。ここ数日ずっと風邪を引いてしんどかったのでなおさらだ。

ゴハンもタイマーで炊いてある、味噌汁も昨夜の残りとはいえ鍋に入っている、おかずも昨夜の残りだがちゃんと台所のテーブルや冷蔵庫の中にある。自分でこれらを茶の間に運んで食べてくれればいいのだが、ねこママが起きてみると、それらにはほとんど手をつけず、何を入れたのかわからぬ汚らしい雑炊のようなものをすすっていたりする。
昼間はねこママが出かけていて不在のときもあるし、その間のじいさんの食生活はまったくもってひどいものだ。

ばあさんがまだ自宅で過ごしていた頃のお昼、じいさんは自分でうどんを煮たりラーメンを煮たりしていたが、今はそういうこともほとんどやらない。
「それだけトシをとったということだよ」と娘は言うが、毎日畑に行く体力があるなら自分の食事をなんとかできるでしょうよ、という気がしないこともない。

12時頃に「お昼にしようか」というと「まだいい」という返事。そのまま畑に出かけていって、13時半頃に帰ってこられてもこっちはとっくに食べてしまったし洗い物も終わった。午後の予定もある。そう何度も食事の支度なんてやりたくないし洗い物もしたくない。
なので、「出かけてくるから自分で勝手に食べていて!」と家を飛び出すこともしょっちゅうだ。

毎日がこんな調子、ダンナの不規則な生活はまだ何年も続くだろうし、ねこママもダンナとじいさんとの二重生活のようなこの生活がだんだんしんどくなってきた。
じいさんには施設に入所してもらうことを正直、考え始めている。一度、姉貴に来てもらってじっくりと話し合おうかと思っている。

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by nekotamamako323 | 2017-03-28 13:42 | あ~あ・・・ | Comments(0)