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ねこたさんのごった煮日和 nekotamano.exblog.jp

思うことをありのままに書きつづっています。


by nekotamamako323
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カテゴリ:ひとりごと( 95 )

5月5日

今日はじいさんの誕生日なので、弁当を作って遅番のダンナを送り出してから病院まで行ってきた。

誕生日とはいっても栄養点滴の管を首の血管に取りつけている状態だから、好物を持って行くわけにもいかず、ただ病室に顔を出して、少しの間だけ話をするしかできない。
偶然、病院の入り口で姉貴とばったり会ったので、二人揃って病室に顔を出せたのを誕生日の親孝行だと思うことにしよう、と思った。普段は仲がよくないというか気が合わないのをじいさんも知っているので。

それにしても、脚のつけ根から点滴をしてそれができなくなったら首からの点滴になります、と言われていて、今現在その「首からの」点滴になっているわけだが、さらにそれができなくなったらどうするのか。

c0077465_23432508.jpgばあさんのときに経験していることではあるが、ばあさんと違ってじいさんは意識がはっきりしているので、自分の症状が次第に低下していくことについてどういう感情でいるのかとつい考えてしまう。

寝たきりになったら頭のほうもボケていった方が本人も周りも楽よ、とどなたかが言っていたが誰だったかな・・・。


画像は昨日掲載した英語クロスワードをコンプリートした画面。下にある「Next!」をクリックすると、「Congratulation!」の文字が開きます。
ゆるんだ(?)脳味噌のエクササイズになるので興味あるかたは是非やってみて下さい。ただし、ボサッとした性格が治るわけではないので念のため。⬅そらアンタや

by nekotamamako323 | 2019-05-05 23:58 | ひとりごと | Comments(0)

エンディングノートから

c0077465_21012450.jpg昨日、テレビでエンディングノートのことをやっていた。

それは、高齢のお母さんに頑張ってエンディングノートを書いてもらったのはいいが、肝心のときにいくら探してもノートが見つからず、やむなく遺族の思う通りにして葬儀を終えた。

しばらくして遺品を整理していたら雑誌にまぎれて挟まる形でノートが見つかり、調べると「葬儀のときに来て欲しい友人達」の名前が書いてあって、遅きに失したものの、改めて、亡くなった旨を連絡させてもらったというものだった。

遺族の娘さんがそこを深く悔やんでいる場面を見て、ねこママはそういえば何年も前にじいちゃんにノートを書いてもらったはずだと思い出し、探してみたらいとも簡単に見つかった。

のはいいが!!!

名前と住所と生年月日、出身地と本籍地と電話番号。

それ以外は何も書いとらんの!!!

肝心の「葬儀のときに呼んで欲しい友人・人物」の項目も空白。
ノートを渡した時点ですでに90歳近くになっており、戦友も友人もすべて鬼籍に入っていたので呼びたい人もへったくれもないけれど。

ちなみにねこママ、自分の葬儀はダンナ(その時点でまだ生きていたら)と子供と孫、それだけで済ませてくれたらそれでいい。きょうだいだの甥だの姪だのは来ていらん。あ、茅ヶ崎のイトコと千葉のイトコには知らせてほしいかな〜。友人達には葬儀の後に知らせてもらう。それだけはノートに書き残しておかねばと思う。


by nekotamamako323 | 2019-04-12 21:27 | ひとりごと | Comments(0)

今日は

遅番のダンナを送り出したあと、1人でのんびりとおひるゴハン。
夕べの野菜炒めの残りを鍋に放り込んで片栗粉でとろみをつけたおつゆとアジの開き、マヨ明太イカとサラダとこれも夕べの残りの浅漬けとお握り。
それにインフル対策の緑茶をガブガブと飲みます。

御飯は4合炊いて、糖尿のダンナに合わせて150gずつのお握りにして冷凍してあるもの。ねこママにはやや多いが(ホントかい)ついうかうかと食べてしまうのがお握りの恐ろしさであるな。(^^;)

今日はじいさんに頼まれた本を持って病院へ。インフル警報が出っぱなしなので10分で退出。遠いのにやれやれなこってす。

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by nekotamamako323 | 2019-02-02 17:47 | ひとりごと | Comments(2)

ただの日記です

不燃ゴミの日なので早起きして不要になった食器を出しに行ったら、夕べ遅くにダンナが出したはずの金属ゴミがきれいさっぱりなくなっている。
収集車が持ってったのか???と思ったが、早朝の6時台、こんな早くに来るはずがない。どうやら夜のうちに誰かが持ってってしまったようだ。

書籍などを夜のうちに出すと持って行かれてしまうので朝出すようにしているが、まさかあんなつまんない金属のゴミを持ってく輩がいるとは思わなかったですよ。おおかた売ってわずかなお金に換えるのだろうとは思うが、いくら金がなくてもそんな底辺な行いはするものじゃない。
しかし、本当に金がない暮らしというものをねこママは経験していないので、そういう人たちがそういうことをしているとしても何も言う資格はないのである。本当はね。

行きつけの本屋のバーゲンブックコーナーで「迷宮美術館」を半額で購入。残念ながら4集と5集しか置いていなかった。
発行日はなんと、2007年11月5日と2008年11月30日。倉庫できちんと保管されていたのか、そんな年月が経っているとは思えない。
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その後はキャベツやニラ、挽肉などを買って、ひさ〜〜〜しぶりに餃子。それ以外、特に書くこともない1日であった。

あ、ノーベル平和賞だが、あの三人(金・文・トランプ)のどれかが選ばれなくてホンットによかったよ。その点は近来まれに見る素晴らしく良いニュースだ。笑
まあ天下のノーベル賞の選考委員があんな茶番の政治劇にノセられるはずもないのだけどね。


by nekotamamako323 | 2018-10-05 22:18 | ひとりごと | Comments(0)

ちょっと安定?

昨日は駅前のヨーカドーで秋物パジャマを2点買い、コンビニで週刊誌を一冊買ってそのままチャリでじいさんの病院へ行った。そうしたらまたもや病室が変わっていて、野戦病院みたいだった213号室から211号室へ。6人部屋の明るい窓際のベッドで所在なさげに寝ている。

落ち着いた部屋ではあるが、6人もいるのが気になる。なに、野戦病院(?)では7人が横並びのベッドだったのでずいぶんマシなのだけどね。
「個室に移りたいよね?」と声をかけるとちょっと考えるふうにして、「個室は高い。ここは明るくて静かで落ち着けるからここでいいよ」と言う。

おおお!

あんなに家に帰りたいのここじゃない病院がいいのと言っていたのだが!
と、じいさんが「俺はもうどれくらいここにいるんだ?1年くらいか?」と言い出した。
「いやいやいや!平成30年の6月13日に入院して、今は同じく平成30年の9月28日だよ。3ヶ月と半分経ったとこ」と言うと、世にも怪訝な顔をして「俺は1年くらいいると思ったが」

それでねこママは思わず爆笑してしまい、隣のベッドに見舞いに来ていた夫婦が振り返ったほどだった。
たぶん、そのときのねこママはなんだか嬉しかったんだと思う。
何が嬉しかったのかというと説明が難しいが、一番の理由はじいさんの中に不安が見てとれず気持ちが安定してきている状況のように思えたからですね。じいさんが今の自分の状況を受容し始めたといえば言えるのかも知れないが。
そうすると、もしかしてじいさんの不安はねこママの不安だったのかな〜とも思える。不安の意味も内容も違いますけれども。

それから、梅の木の始末をどうするかの話やイトコから伝えられている横浜の叔父叔母の近況などを話し、1時間近く滞在して退屈しのぎの週刊誌を置いてって帰宅。
病院は自宅から東の方向にあるので、今頃の季節になると夕方の帰宅は西日がずっと眼に突き刺さる体になり、ただもう見えづらくて怖い。


by nekotamamako323 | 2018-09-29 11:36 | ひとりごと | Comments(0)

黙々食べる

いろいろと食欲がない日のガサツな食事。
胡瓜がないので代わりにレタスを乗せた冷やし中華に夕べの残りのモツ煮込みと麦茶。
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じいさんが入院して以来、ダンナの食事を作る以外あまり火を使わないので、ガス代がどんどん減ってゆく。今回のガス代は3分の1くらいにまでなっていて、さすがにビックリ致しました。
まあ、じいさんがいると毎日毎日昼間っからやれうどんだラーメンだ、と火を使う調理ばかりさせられていましたからねえ。この冷やし中華はたまたま火を使ったが、普段はもっぱらレンチン★なのでねこママ一人だとてんでガス代が浮きます。(^^;

ときおり、懐かしい人との懐かしい記憶をたどって、ふと涙ぐみそうになりながらそれを振り払うようにして黙々と食べている今日この頃のねこママ。


by nekotamamako323 | 2018-09-11 09:49 | ひとりごと | Comments(0)

今日の日

浅草のマルベル堂をスットコ娘と通りかかったら、入り口にびっしりと若き日のヒデキのブロマイドが展示してあり、店主の追悼文が添えられていた。その横にも新御三家時代のひろみやゴローのブロマイド。みんなみんな若かったよなあ・・・としみじみとした気分になった。

狭い店内を娘と見てまわって、それなりにファンだったスター(アイドル)のものを見つけたりしたが、だからってどういうこともない。
ママ友なんてヒデキの死を知って以来、ショックのあまり力が抜けて交差点でチャリごと転倒したというが、ねこママはドライというか冷淡というか、そこまで誰かにハマりまくったという経験がないので今ひとつよくわからない。
とりあえず、マルベル堂の入り口にヒデキのブロマイドがたくさん出ていたよ、ということだけ連絡しておいた。

帰宅すると、社会福祉協議会から「難聴者の集い」参加案内の手紙が来ていた。内容は「聞こえないってどういうこと?〜自分の体験〜」と題するミニ講演会と懇談会。
最初は行こうかなと思ったが、講演会のテーマを見たら行く気がしなくなった。

普段の会話の中で問われて聞こえなくなった理由などを簡単に話したり、また聞いたりということはあるが、わざわざ講演という形にしたものなんて聞きたくもないし興味もない。聞いたところで、「だから何?」とか思いそうだ。
懇談会には興味はあるが、講演についてはどうでもいいですね。
ちなみに対象者は「難聴者や中途失聴者」とあるものの、(主に補聴器や筆談等でコミュニケーションを図る方)ともある。「手話で」の言葉がないというのはどういうこった。

ねこママは補聴器は役立たずだし、筆談も面倒くさい。
こっちがスラスラと書いてみせて向こうがスラスラと読んでくれるならいいが、読むのにものすごく時間がかかって、さらに内容をつかみ取るのに時間がかかる、って人もいるのである。これが面倒くさくなくて何だというのだろうか。

さらにさらに、書くのにすげ〜時間がかかるって人もおられるし、ねこママ、年を経るごとに面倒くさいことが面倒くさくなってきているんですね。なので、最初っから手話が通じる人でないとつき合いきれんわ〜〜と思ったり致します。

性格悪い?

そうなんですよ。


by nekotamamako323 | 2018-05-31 22:10 | ひとりごと | Comments(0)

煮物を作った

ひさ〜しぶりにヒイカと里芋、人参やキノコなどを入れた煮物を作ろうと思ったら。ありゃりゃ、酒もみりんもない!

みりんは糖分が多いのでだいぶ前から置いてないが、酒(糖質ゼロのやつね)はつい先日使い切ったばかりである。近所の業務スーパーに行こうかと思ったが、もはや夕暮れ。
行きたくない!!

酒もみりんもなしで煮物が作れるのか、どんな面白くない味つけになるんだかと悩みつつ、それでも近所とはいえ外に出たくない。だって寒いんだもん。(^^;
ねこママ、めっきり寒さに弱くなりました。・・・てほどでもないが、冬になるとどえれ〜横着になるのは確かだ。

とにかく水とダシとラカントと醤油で煮てみたら・・・味がてんで浅い。先ほども書いたが、面白くない味。
やっぱり酒は必要だなあ、と思いつつありもしない日本酒を探してあっちの棚、こっちの棚、冷蔵庫と探しまくり、見つからないので実験のつもりで白ワインを入れました。

そんで少しはマシになったかと思って夕飯に出し、翌日の弁当にも入れ、残ったやつをじいちゃんとお昼に食べたら、いや、その美味しいのなんの。味もちゃんと染みており、日本酒とは別の旨味がじんわりとある。
やれしょっぱいのなんだのとうるせえじい様が「うまいぞ」と言うので、確かにうまいわ〜と思いつつ、スットコ娘に「料理とはなかなかサスペンスチックなものであるよの〜💜」とLINEした。


by nekotamamako323 | 2018-01-13 14:46 | ひとりごと | Comments(0)

日記 のようなもの

c0077465_08050824.jpgテレビで見て、「美味しい」とやらだったので試しに買ってみた100均のレモンラーメン。

トッピングのレモンを買うのを忘れたが、真冬にわざわざ「より」すっぱい思いをすることもないのでそれは気にしないことにして、早速作ってみました。
トッピングはダンナの弁当用に作ってあった半熟卵に長ネギ。

お味はなかなか。
スープに爽やかな酸味があり、麺の歯ごたえも普通のインスタントラーメンと違い、どことなくもっちりしていてねこママの好み。

欠点は4分ぐらい煮なくてはいけないのでそこが面倒くさく、積極的にリピートしたいかというとそれほどでもない。誰かが作ってくれるなら今日も食べてもいいですけどぉ。あと一袋ありますのでね。(^^)

行きつけのスーパーの書店で中島義道の「孤独について 生きるのが困難な人々へ」を購入して読み始め、もしかして中島氏は今で言うところの発達障害をお持ちなのかしら?と、前から思っているところを改めて感じたりしている。だから何だというのではないが。


by nekotamamako323 | 2017-12-12 08:23 | ひとりごと | Comments(0)

後日談

それでそのHのことでは後日談がある。

ねこママが高校二年生のときだが、あるとき同じ分校出身のS子に声を掛けられて、「M子がHの小さいときの写真が欲しいというんだけど、ママコ持ってる?」という。「うちは親戚でも何でもないから持ってないし、困った」

学年一の美人のM子がなんでHの写真が欲しいのかと聞くと、「あの二人は最近つきあい始めた」という。「本人からもらえばいいじゃんよ」と言うとそれは恥ずかしいみたいだと言うので、なんで恥ずかしいんだバカバカしいと思いつつ家に帰ってアルバムをあさって、ねこママとHが各自の母親の膝に抱かれて並んで写っているのを一枚だけ剥がした。
それぞれが4歳と3歳当時の写真で、ねこママはいかにもねこママだがHもいかにもHである。意味わからんな。笑

それをS子に渡した・・・と思っていたのだが、数年前にアルバムを何気なく見直していたら、S子に渡したはずのその写真があるのを見つけた。まあ、そのときのねこママの心境は、「?????」以外の何ものでもなかったです。(^^;
あの当時、渡したつもりでいたのが渡してなかったということなのか???もはや記憶がない。

写真の中で硬質な感じの美人顔である母親の膝にちょこんと座っているHは、大きな眼でどこを見ているのか知らないが両頬にえくぼを乗せて楽しげに笑っており、ねこママはといえば不機嫌な顔つき。まさかこのときも直前まで喧嘩していたわけでもなかろうが、確かに剥がしてS子に渡したと思っていたのに、いったい何なんだろうね。記憶というのもじつにいい加減なものだ。

しかし、今思えば写真がM子の手に渡らなくてよかった。もし渡っていれば、H以外の男と結婚・離婚を繰り返したM子がいつまでも持っているわけもなく写真は失われるところだった。
Hに恋愛感情は全くないが、亡くなったと知らされた今、思い出としてはいい思い出でもあったし写真が残っていてよかったよなあ、と思うねこママです。
どうぞ、安らかに!心から祈ります。


by nekotamamako323 | 2017-11-26 14:13 | ひとりごと | Comments(0)